京都商工会議所会頭に就任

 筆者が昨年、京都市左京区下鴨の賀茂川沿いにある旧塚本邸(現在はワコールの研修施設「幸和館」)を訪ねた折、玄関を入ってすぐに目に飛び込んできたのが、

 ――京都を愛す

 と書かれた幸一の書であった。

 この言葉通り、塚本幸一は仙台生まれで近江八幡にルーツを持つ人間でありながら、生涯、ワコールを創業した京都の地を愛し続けた。本社を東京に移そうなどとは一度たりとも考えたことがないはずだ。

 そんな彼は昭和58年(1983年)4月、京都商工会議所第13代会頭に選任される。

 記者会見で幸一は、

「京都を文化的首都にしたい」

 と抱負を語った。

 会議所の定款に、京都らしく「文化の振興、増進に資する」という項目を新たに加え、京都サミットの誘致や京都駅ビル改築、1994年の平安建都1200年記念事業の推進など、意欲的に京都の活性化構想を打ち出した。

 そして彼は京阪神3商工会議所の正副会頭が集まって意見交換をしようと提案した。実に9年ぶりの開催である。

 大阪も神戸も異論はない。大阪からは古川進(大和銀行会長)、神戸からは石野信一(太陽神戸銀行会長)の両会頭が出席。それぞれ何人かの副会頭も出席したが、なかに大阪の佐治敬三(サントリー社長)の顔があった。

 会頭を引き受けるにあたって幸一の念頭には、佐治が次期大阪商工会議所会頭と噂されていることがあった。YPO時代から20年来の友人である佐治とならば一緒に大暴れできそうだ。

 予想どおり佐治は2年後に大阪商工会議所の第21代の会頭に就任する。

「いまや京阪の両会頭は、下着屋や酒屋がなる時代か」

 そんな声も聞こえてきたが、幸一や佐治が気にとめるはずもなかった。彼らには重厚長大産業何するものぞという気概がある。

 サントリーはウイスキーやビールで商売をしていたことから、佐治は水商売にかけて、

「うちの商売は“ウォータービジネス”や」

 と冗談口を叩いていた。

 それに対して幸一は、ワコールはファッション、つまり空気の如きものを売り物にするのだから言わば“エアビジネス”だと主張し、

「これからはウォータービジネスとエアビジネスの時代や!」

 そう言いあって二人で怪気炎を上げた。