昨今、経済的事情でPCを持てなかったり、持つ必要がないと考える若い世代が増えてきています。彼らはPCの持つ生産的手段を失っているわけで、結果として考える力が損なわれていきかねません。この状況がさらに強化されていくのがこれからの時代ではないのか。物事を深く調べたり、与えられた情報を疑ったりしない読者が増えていくとしたら怖いと思います。

 95年にインターネットが世に出たころは、ネットサーフィンと言って、自分で興味のあることを積極的に調べて、自分の知識が広がっていくのが楽しいという体験がありました。最近は、まとめサイトで、「ちょっと○○について調べてみました」とかいうページがあります。それ自体も単に検索で調べただけのことを載せているのですが、読者として自分で調べる手間すら、他人に預けてしまっているという状況は憂慮すべきことだと思います。

PV至上主義から
どこに軸足を移していくか

 この先、PV至上主義のままでは、まともなメディアはビジネスを維持できなくなります。ネット上に日々生み出されるコンテンツが、メディア自身の存在意義を危うくする「退化」「絶滅」の方向に向かっているのではないか、という危惧は拭い切れません。

 これまでのPV連動の広告収入モデルを、どう軌道修正できるかが問われていると思います。有料課金は一つの可能性でしょう。日経新聞はすでに有料電子版で成功しつつありますし、雑誌もたとえば週刊文春では、ウェブ記事課金やテレビ局が支払う素材使用料などでそれなりの収益を得ているようです。今後、無料から有料へと、ビジネスの軸足を移していく伝統メディア企業も多いのではないでしょうか。

 過去20年はバーゲンセールの時代だったのかもしれません。本来有料でしか読めないものがほとんどタダで読めた。実際、インターネット以前は雑誌の記事が無料で読めることなどありえなかったわけです。いずれにしても、現在20代の情報コンテンツにお金を払った経験のない世代の、今後の動向次第という気もします。

 ニュースの定義が変わり、次は編集者の定義も変わってきます。編集者は記事の品質を担保する最後の砦だったのが、今のネットメディアでは単なる入稿係になってしまいかねません。それを受け取る消費者側にも、真贋を見抜くリテラシーは当然求められるのですが、たぶん読者はほとんどそこに問題意識は持っていません。だからこそ、提供側がニュースの質を守ることで、読者のリテラシーを肩代わりする必要がある。とにかく、PV依存ではなく、まともなコンテンツを生産し続けるしかないのだと思います。

奥村倫弘
1969年、大阪府生まれ。92年同志社大学文学部卒。同年、読売新聞社大阪本社入社。福井支局、奈良支局、大阪経済部を経て、98年、ヤフー株式会社入社。メディアサービスカンパニー編集本部長を経て、現在ワードリーフ株式会社が運営するウェブメディア「THE PAGE」取締役編集長を務める。著書に『ヤフー・トピックスの作り方』(光文社新書)。