リーマン・ショック、アラブの春、地震と津波、そして原発事故……。私たちは今、昨日までは「ありえない」と言われたことが、今日、現実のものとなる不確実な世界で生きることを強いられている。ではどうすれば、ランダムで、予測不能で、不透明で、物事を完璧に理解できない状況でも、不確実性を味方につけて、したたかに生き延びていくことができるのだろうか――。
サブプライムローンに端を発する金融危機を喝破し、ベストセラー『ブラック・スワン』で全世界に衝撃を与えた「知の巨人」タレブが、その「答え」を見つけた最高傑作『反脆弱性』から、「プロローグ」を順次公開していく連載第3回。リスクの測定や未来の予測を否定するタレブが提案する、真に測定すべきものとは?
頑健なだけじゃダメ
母なる自然は“安全”なだけじゃない。破壊や置き換え、選択や改造を積極的に繰り返す。ランダムな事象に関していえば、「頑健」なだけでは足りない。長い目で見れば、ほんのちょっとでも脆弱なものはすべて、容赦ない時の洗礼を受けて、壊される。それでも、私たちの地球はまあ40億年くらいは生きている。とすれば、頑健さだけじゃない、何かがあると考えるのがふつうだ。
小さな亀裂がシステム全体の崩壊につながらないためには、完璧なる頑健さが必要だ。だが完璧な頑健さなどありえないことを考えると、ランダムな事象、予測不能な衝撃、ストレス、変動性を敵に回すのではなく、味方につけ、自己再生しつづける仕組みが必要なのだ。
反脆いものは、長い目で見れば予測ミスから利益を得る。この考えに従うなら、ランダム性から利益を得る多くのものが今日の世界を支配し、ランダム性から害をこうむるものはとっくになくなっているはずだ。実をいうと、それが正解だ。
私たちは、世界がプログラムされた設計、大学の研究、お役所的な助成で成り立っていると思っている。でも、これが実は錯覚だという強力な証拠がある。私はその錯覚を「鳥に飛び方を教える」現象と呼んでいる。技術というのは、オタクが作った設計図を押し入れにしまいこみ、リスク・テイカーたちがいじくり回し(ティンカリング)(試行錯誤)という形で反脆さを開拓する結果として生まれるものなのだ。モノを生み出すのはエンジニアや試行錯誤する人たちなのに、歴史書を書くのは学者だ。私たちは、成長やイノベーションなど、色んなものの歴史的解釈を見直す必要があるだろう。