今回ご紹介するのは『ブラック・スワン』です。「ブラック・スワン」とは、統計上ありえない出来事を指しているのですが、原著がリーマン・ショック前に出たこともあり、金融危機を予測していたのではないかと話題になりました。現在正しいと信じられている科学(とくに統計学)がいかにいい加減か、軽快なタッチで次々に罵倒する衝撃の問題作です。
「既存の理論を覆してしまう
予想外の現象」について解説
私たちは均衡点を中心に思考し、経済も歴史も揺れ動きながら均衡点を目指して動いていると考えます。すべての秩序は基本的に安定していて、変動しても復元することを前提に思考するわけです。経済学でいえば、一般均衡が成立する新古典派経済学の世界です。
本書の著者、ナシーム・ニコラス・タレブは「人間の経験は限られていて知識はもろいものだ」、と書きます。「経験」とは既存の科学を含むのでしょう。直線的な予測の中で生活しているとき、突然「ブラック・スワン」が出現し、私たちは狼狽します。秩序は崩れ、奈落の底に落ちます。
タレブが「ブラック・スワン」で象徴するのは、以下の3つの事象のことです。
第一に、異常であること。つまり、過去に照らせば、そんなことが起こるかもしれないとはっきり示すものは何もなく、普通に考えられる範囲の外側にあること。第二に、とても大きな衝撃があること。そして第三に、異常であるにもかかわらず、私たち人間は、生まれついての性質で、それが起こってから適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったことにしてしまったりすること。(上巻、7ページ)
「一握りの黒い白鳥で、人間の世界がほとんど説明できてしまう」と書きつつ、タレブは浩瀚な教養を広げながら、数百人に及ぶ古今の経済学者、科学者、哲学者を引きずり出して罵倒し、あるいは称揚して「ブラック・スワン」出現の論理を組み立てていきます。