2008年のリーマン・ショックのように、資本市場における「ブラック・スワン」の存在やその影響を正確に予測することは困難である。地政学の問題となれば、さらにその難易度は急上昇する。しかし、予測すること自体は無駄にはなるまい。今回から2回にわたり、現代の地政学における“ブラック・スワン”を検討してみたい。
米国のラムズフェルド(1932〜)元国防長官は、安全保障に関する情報には「Known Known」と「Known Unknown」、そして「Unknown Unknown」の3つがある、と述べたことがある。「Known Known」とは、「自分が知っていると自覚している」、そして、「Known Unknown」は「知らないと自覚している」。さらに、「Unknown Unknown」とは、「知らないことすら気づいていない」情報がある、ということを意味している。
この分類は、資本市場の見方にも当てはまる。
たとえば投資家は、原油価格がサウジアラビアなど産油国の戦略で大きく変化することを知っている。これは「Known Known」であり、エコノミストや投機筋もこのリスク計算の土俵で勝負している。
一方で、OPEC内部でどんな協議が行われたのか詳細には分からないということも知っている。それが「Known Unknown」である。インサイダーでない限り、この類の情報を仕入れることは難しい。いわば、計算できないリスクである。
さらに、それ以外にも価格を大きく動かす理由があるかもしれないがわれわれはその存在を知らない、ということも考えられる。それが「Unknown Unknown」なのであり、市場では「サプライズ」といった表現をされることもある。ここ数年、資本市場の価格変動率が急上昇しているのは、レバレッジ運用(借入れを利用した運用)がそんな「Unknown Unknown」に対してパニックを起こし、ポジションを急激に縮めようとする力が働いているからだ。
一見、言葉遊びのようにも思えるが、同氏によるこの分類は現代社会が直面している地政学リスクを極めてうまく言い当てている。
それを別の言葉で言い表したのが、ナシーム・ニコラス・タレブ(1960〜)が書いた『ブラック・スワン』であろう。
「ブラック・スワン」とは文字通り「黒い白鳥」であり、地球上には存在しないと思われていたが、17世紀末に豪州で発見されたという。その事実からタレブは、一般にはあり得ないと思われる予想不能の現象を「ブラック・スワン」と呼び、それがひとたび起きればシステムに強い衝撃を与え、かつ事後的には当たり前のように記述されるようになることを説いた。
2008年のリーマン・ショックのように、資本市場における「ブラック・スワン」の存在やその影響を正確に予測することは困難であり、地政学の問題となればさらにその難易度は急上昇する。だが、頭の体操を兼ねてその候補リストを作成してみることは、決して無駄な作業ではあるまい。今回から2回にわたり“現代の地政学リスク”5つを紹介していく。ただし、これらは筆者が現時点で思いついた点に過ぎない。読者はさらに想像力を働かせ、感覚を研ぎ澄ませて、21世紀の地政学リスクに対応していただきたい。