民主化を進めたゴルバチョフ元大統領は好きではない。スターリンやブレジネフのような独裁者タイプが好きだったという。

「フセインも個人的に応援していたんですけどね。もう少し生き延びて欲しかった。もったいない人材を失ったと思います」

 国連平和協力法案が廃案になったことにも、衝撃を受けた。当時の湾岸戦争に、自衛隊を出す法案だったからだ。

 MLRSというロケットが12発同時に発射される戦争の映像を見て、興奮していた。

「僕も、前線で戦いたい。人を殺したいという気持ちがすごくありましたね。僕の中では、なるべく多くの人を爆撃で無差別に…という気持ちがあったんです」

 秋葉原の殺傷事件のような無差別事件が起きると、加害者の気持ちがよくわかるという。

「ちょっと違っていたら、自分もやっていたかなって。それが、ちょっと怖いんです」

 自らの死に対しては、怖さを感じていない。山崎さんは「肉弾三勇士」のように、前線で肉弾が砕け散るような壮絶な戦死を遂げることに憧れるのだそうだ。

「僕の中のイメージとしては、死後、レーニンのように、国葬の霊廟みたいな所に入れられたいですね」

 そういう国のほうが、生きやすかったということらしい。日本なら、昭和初期くらいが最も夢があったという。

「満州とか渡って、軍部で北進論を唱え、日ソ開戦を仕掛けますね。仮に負けたとしても、帝国海軍はそのまま残っていたかもしれない」

「イラクへ行けば“神”になれる」
空想が膨らんだ先にたどり着いた思考

 空想がどんどん膨らんでいく。とはいえ、山崎さんが生きているのは、「今」という時代である。

 そう話すと、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件は衝撃的だったという話を切り出した。

「僕はそれまで右翼だったと思うんですよね。世論が右に動いてくれた。ついに自分の時代が来たという感覚になった。追い風が僕に吹いていると思いましたね」

 2004年には、日本人の20代男性が、イラクへ行って人質になり、処刑される事件が起きた。しかし、山崎さんには、彼の姿がカッコ良く映った。