全体最適を考えるための「ツール」がある

この事件では、経営層の目的を理解しない現場がシステムの要件を捻じ曲げてしまいました。いってみれば、部分最適を優先して全体最適を忘れてしまったのです。

新しいシステムを入れるとなれば、中には、今までの業務よりも大変になったり、面倒なことが増える部署も出てきます。

もちろん程度の問題はありますが、ITシステムを導入するときには、そうした一部の不満には、あえて目をつむらなければならないこともあります。

たとえば、経理部門や財務部門の一部が「これまでより作業量が増えるから嫌だ」といっても、会社全体からすればメリットがあるのなら、あえて、それに目をつむるしかないこともあるのです。

私は、ITプロセスコンサルタントという仕事柄、よく新システムの要件定義書や設計書、テスト計画書などを目にするのですが、これらに書かれている一つひとつの事柄が、直接であれ、間接であれ、すべて経営の目的と結びついていることが大切です。

なので、要件やテストケースには、それがどの目的から来ているものなのか記述し、設計書にも、その元となっている要件のIDを書くように指導しています。

「画面上のテキストのサイズを20ポイントとする」(※20ポイントは結構大きいサイズです)という設計項目は、「不特定多数のユーザーを意識して、誰にでも見やすく、操作しやすい画面デザインとする」という要件からきたものであり、その要件は、「今後は、高齢者のネット購買を増やすことで、長期的に安定した売上を確保する」という経営方針に基づいている。

そんなふうに、要件が経営の目的ときちんと結びついていることを確認し、もし、結びつきのない要件や設計、テストケースがあるなら、それはシステム化しないか、大幅に優先順位を下げるべきです。いわゆる、要件・設計・テストケースの「トレーサビリティ」を行なうわけです。

システムを「外注」するときに読む本』 細川義洋:著
価格(本体):1980円+税 
発行年月:2017年6月 
判型/造本:A5並製、352ページ ISBN:978-4478065792

また、導入しようとするシステムが本当に「全体最適」となっているかを確認するためには、システム化に関連する部門や人を書き出し、それぞれが、システム化とその裏にある業務改革について、どのように感じているか、関係者全員の「感情」を書き出した「フィーリングマップ」という図を作ってみることも有効です。

フィーリングマップには、「このシステムを入れると、営業は喜ぶけど、経理は嫌がる、でも人事は無関心」などというように、それぞれの気持ちや、実際に聞いたコメントなどを書き込み、最後にそれを俯瞰して、社長になったつもりでシステム導入の可否や、絶対に外すべきではない機能などについて考えてみるのです。無駄なシステムを作って、お金をドブに捨てないために有効なツールです。

『システムを「外注」するときに読む本』の第2章の章末では、このフィーリングマップの活用法を詳しく解説しています。

関係者の考えていることを「感情」とともに可視化することによって、さまざまな気づきを得て、対応策を考えられることが、フィーリングマップの最大の特長です。

これはシステム開発プロジェクトだけではなく、社員の意識改革や、業務プロセス改善、組織の見直し、情報共有体制、風通しの良い会社づくりなど、さまざまな場面で役に立つはずです。

ご自分の会社やプロジェクトにあてはめていただきながら、ぜひ、ご一読くだされば幸いです。

細川義洋(Yoshihiro Hosokawa)
経済産業省CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。立教大学経済学部経済学科卒。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員。大学卒業後、NECソフト株式会社(現NECソリューションイノベータ株式会社)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エム株式会社にて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行なう一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。
これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より経済産業省の政府CIO補佐官に抜擢され、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる。著書に『システムを「外注」するときに読む本』(ダイヤモンド社)、『なぜ、システム開発は必ずモメるのか!』『モメないプロジェクト管理77の鉄則』(ともに日本実業出版社)、『プロジェクトの失敗はだれのせい?』『成功するシステム開発は裁判に学べ!』(ともに技術評論社)などがある。