真のグローバル経営を経験してきたビジネス・リーダーが、日本社会・日本企業の課題に対し『和魂洋才』の新たな視点から解決策を提案する「GAISHIKEI LEADERS」。そのメンバーが、経営のグローバル化と日本のユニークな強みを調和させた新しい「グローバル経営論」を解説するセミナー(共催/司会:ISSコンサルティング)の内容をダイジェストでお届けします。
今回のテーマは「デジタル変革期における音楽ビジネス」。ギタリストでデジタル事業のパイオニアでありメディア戦略コンサルタントの松永エリック・匡史さんが、この前編で音楽が発展してきた歴史を振り返ったのち、後編では“第四のY.M.O(イエロー・マジック・オーケストラ)”としても知られるシンセサイザープログラマーの松武秀樹さんと音楽ビジネスにおけるビジネス革命のリアルについて議論した内容をダイジェストでお送りします。
音楽はどんなふうに生まれ、
発展してきたのか
最初に、私の好きなデヴィッド・ボウイ(David Bowie:1947~2016)の言葉を紹介します。
「Music itself is going to become like running water or electricity.
音楽が水や電気のようになる日が来る。」
彼が、2002年のインタビューでインターネット普及による音楽への影響について語ったときの一言です。さらに同じインタビューのなかで、「音楽は水のようになり、著作権もなくなってしまう」とまで言及している。2002年でそれが見通せたなんて、すごい洞察力ですよね。
まさに、人生=音楽の天才でしたね。インターネットの時代、2013年1月8日、ボウイ66歳の誕生日。なんの告知も、事前プロモーションもなくボウイは、新曲”Where are we now?”のフルバージョンのプロモーションビデオを自己のHPで無料で発表しました。その噂はソーシャルネットを通しあっという間に世界中に知れ渡りました。同時にインターネット購買システムであるiTunes Storeで全世界119ヵ国一斉配信開始という行動に出たのです。結果、なんとリリースから24時間で27ヵ国のiTunesのチャートでチャート1位の快挙を達成しました。
僕はロックをメディアとして捉えているんだ。(I'm using rock'n roll as a media.) 僕らはどこにいるの?やっと分かった分かった、分かったんだ(Where are we now? Where are we now? The moment you know You know, you know)
2016年1月10日、18ヵ月の闘病の末、癌により死去したことが公式Facebookにて公表されました。2日前の69歳の誕生日にはアルバム“ブラックスター”をリリースしたばかり。“ブラックスター”プロデューサーのトニー・ヴィスコンティは、”ブラックスター”は別れにあたっての贈り物である、と明言しているそうです。
見上げてごらん、僕は天国にいるのさ。眼にみえない傷を負ってしまったんだ。誰にも盗めないドラマを負ってきた。今では誰もが僕を知っている。(Look up here, I'm in heaven I've got scars that can't be seen I've got drama can't be stolen Everybody knows me now)
最後のアルバムとなった”ブラックスター”は、自身初のビルボード全米チャート1位を獲得しました。
音楽がデジタル革命の恩恵を受けて、聴く側と演奏する側にとっても音楽の存在がどのように変わってきたのか、また、ボウイのような斬新な表現を貫くアーティストが今後も出てくるのか、後半は、“第四のY.M.O(イエロー・マジック・オーケストラ)”としても知られるシンセサイザープログラマーの松武秀樹さんをお迎えして議論していきます。
まず、音楽がどのように生まれ、音楽ビジネスがデジタル技術の進展でどのように変化し、今後さらに進化していくのか、ざっと整理していきましょう。
そもそも、音楽はどんなふうに生まれてきたのか。
私が思い浮かべるのは、スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick:1928~1999年)監督『2001年宇宙の旅』(2001:A Space Odyssey:1968年)の最初のシーンです。狩りをしようとした原始人が骨をみつけて、いじったり叩いたりしていると、ただの骨が武器になり、楽器にもなってリズムを奏で始める。これこそ、音楽がそのものの起源であり最初のイノベーションが起こった瞬間ではないでしょうか。
さらに時代を下って、紀元前500年頃にはじめて音階が生まれたといわれています。9世紀になると、単旋律だった聖歌が歌われるなかでハーモニーが生まれたといいます。
記憶メディアの登場による
メリットとデメリット
次に、それまで人と人の直接的な伝承でしか伝えられなかった音楽を、記号化して記録し再生できるメディアとして「楽譜」が登場します。紀元280年のパピルスに記された楽譜が現存する最古のものだそうです。
鷺巣詩郎さんが楽譜誕生のインパクトについて、2017年にWIREDで次のようにおっしゃっていました。
「譜面というものは誕生から400年の時を経た今も現役のソフトウェアである。ならば当然、向こう400年も同じように通用する」。
たしかに、400年という時間、途切れることなく維持されたというのは、すごいことだと思いませんか。
なぜなら、コンピュータ時代のファイルフォーマットは陳腐化していくものだから。そういう意味でもアナログレコードは偉大なんですよね。デジタルの弱さの一端を示している。
楽譜というアナログなメディアが400年経った今も健在であることはすごいですし、あらためて、デジタル技術が本当に革命なのか? メディアの革命は本当にデジタル技術がもたらしたものなのか?と、ゼロベースで皆さんも考えてみてほしいのです。
ちなみに、音楽がビジネスになったのはいつからでしょうか。
私の見解では、音楽家に投資するお金持ちパトロネージュが誕生した18世紀からです。お金持ちがアーティストに投資し育成するモデル。ヘンデル(Georg Friedrich Handel:1685-1759)は英国王ジョージ1世から、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart:1756-1791)は神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世から、ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven:1770-1827)は神聖ローマ皇帝末弟ルドルフ大公から支援を受けました。このパトロネージュという仕組みも、デジタル技術の革命じゃなく、新しいビジネスモデルで音楽をビジネスとした大革命ですよね。
時代が少し飛びますが、この後に音楽がメディアとして大きくデジタル技術に影響を受けることになります。
まず記憶メディアの誕生によって、演奏した生の音を再生できるようになりました。原型はそれ以前にもあったといわれていますが1878年にエジソンが蓄音機をうみだしたのです。楽譜の誕生と同様に、大きなイノベーションだったのではないか、と個人的には思っています。
そして、大量生産メディアとして、1948年にコロムビアから初めてレコードが登場し、これで一気に音楽が広がるようになりました。原曲を限りなく複製することが可能になりコピー文化の始まりともいえますよね。
さらなるコピーメディアの台頭として、1962年にフィリップスからカセットが出てきました。ユーザ自身がレコードメディアをコピーできるというのも、大革命でした。当時、オープンリールはありましたけど普通の人には買えない値段だったし、操作も難しかった。カセットなら、一般の人でも簡単に録音・再生ができる。コピーが一般化されたという意味で、大きな音楽の転換期だったと思います。
音楽の楽しみ方自体も
大きく変わってきた
こうしてイノベーションが起こることで、音楽の楽しみ方も変わってきました。
最初はオリジナルの演者をその場で楽しむ以外に選択肢はありませんでした。しかし、楽譜の登場で世代を超えて多くの人が演奏でき、その演奏を楽しめるようになった。さらに演奏した内容をレコードというメディアを活用することで、さらに多くの人が楽しめるようになったのです。
こういう流れのなかで忘れてならないのは、音楽を楽しむ場所を屋外にも広げたのが、日本が誇る音楽革命であるウォークマンだったということ。それ以前は、「移動しながら音楽を聞く」という発想はなかったはず。世間ではiPodが大革命といわれますが、人の行動を変えたというインパクトの大きさからいえば、ウォークマン登場の意味は大きいいでしょう。日本人はイノベーションが苦手だといわれるけど、そんなことはない、と自信を持って言いたいですね。
そして、音楽の大量消費という悪いカルチャーを結果的に広げてしまったのではないかと思っているのが、レコードレンタルビジネスの登場です。昔はレコード1枚が3000円台もして、欲しくてもなかなか手が出なかった。レコード屋に行ってジャケットをずっと見続け、ジャケットに念を込めて音楽を想像するという超能力的な行為(笑)をかわいそうに思った店主が、店内でそのレコードを視聴させてくれて涙するなんてこともありました。
そんななかで、東京都三鷹市の黎紅堂(れいこうどう)に代表されるレコードレンタル屋が出て、1枚当たり200~300円でレコードを貸してくれるわけです。バンドのメンバーとみんなで別々に違うアルバムを借りてカセットに録音したりできてすごく助かったのですが、初めて音楽が少しだけ「色褪せた」感じがしたのを今でも覚えています。
ただ、レコードもカセットも、ダビングすると音がどんどん劣化していくので、オリジナルの音源に当時はまだ価値があった。この後、劣化しないデジタルメディアとしてCD(コンパクトディスク)が登場してきました。
最初に生産されたCDは1982年に出たビリー・ジョエル(Billy Joel)の『ニューヨークの52番街』(52nd Street:78年)という名盤です。私自身が初めてデジタルメディアで買ったのは、エイジア(Asia)の『アルファ』(ALPHA:1983年)でしたが、音がきれいで心底驚きました。
インターネットやコンピュータの進展で
音楽は「水のように」当たり前になった
インターネットの普及という点で音楽の楽しみ方が大きく影響を受けたのは、2008年に出てきたSpotify、Pandraなどの「ストリーミング配信サービス」ではないでしょうか。音楽の一曲一曲が、ボウイが言っていた水のように当たり前に流れてくる状態になったと感じました。
Spotify、 Pandraでは、その視聴者の属性情報を分析・分類して、好きそうな音楽を推薦してくれるレコメンデーション機能がついています。ビッグデータからAIが私たちの好みを調べてくれるわけです。
ただ、人間というのは、いろんな外部の刺激を受けることで「緊張」と「解放」が絶えず入れ替わることを通じて快楽を得るもの。嗜好性の合った音楽だけ聴いてずっと気持ちのよい状態でありえるのか未知の世界です。
Netflixの創業者兼CEOリード・ヘイスティング(Reed Hastings)は、「テレビ視聴の問題点は、常にテレビ局側が主導権を握り、視聴者が何を、どこで、いつ見るかを決めてきたことだ」と指摘し、視聴に関する主導権を、見る側である個人の選択に移行させると宣言し大きな支持を得ました。これは、音楽にも当てはめられて、「自由に聴きたい曲を選ぶ権利」はリスナーに与えられたひとつの権利とも考えられますね。
もうひとつ、お金がかからないフリーミアムモデルには問題を感じます。
タダで音楽を聴いても、情熱がわかないと思うんですね。そのアーティストを真剣に調べたり、楽曲を聴いてみたりしないでしょう。もう一つ大きな問題なのは、フリーミアムモデルの登場によって、総じて多くの素晴らしいアーティストにお金が入りづらい仕組みになってる、という紛れもない事実です。どんなに才能があっても生活が保障されないといい音楽がつくれない。パトロネージュの世界とまったく逆の世界です。
ビッグデータを駆使した
コンテンツ作りの行方
ビッグデータには、成功事例もあります。
その一例が連続ドラマ『ハウス・オブ・カーズ 野望の階段』(House of Cards:2013年~)でしょう。視聴者の視聴パターンから人気コンテンツになると判断したNetflixが、シーズン2の製作費を負担するという方策で作られました 。
主演は映画『アメリカン・ビューティー』(American Beauty:1999年)などで知られる名優ケビン・スペイシー(Kevin Spacey)。カメラに向かって語りかけるケビンには感動を覚えました。ネット配信で初公開したドラマシリーズとしては、史上初めてプライムタイム・エミー賞も受賞しました。『アメリカン・ビューティー』以降、ゴールデングローブ賞の上位は、インターネット回線を通じてコンテンツを提供するOTT(over-the-top)陣営の存在が無視できなくなってきていますね。
ここからは、Y.M.Oのアレンジを手掛けてこられた松武秀樹さんをお呼びして一緒に音楽の進展について語り合ってみたいと思います。(次回に続く)