真のグローバル経営を経験してきたビジネス・リーダーが、日本社会・日本企業の課題に対し『和魂洋才』の新たな視点から解決策を提案する「GAISHIKEI LEADERS」。そのメンバーが、経営のグローバル化と日本のユニークな強みを調和させた新しい「グローバル経営論」を解説するセミナー(共催/司会:ISSコンサルティング)の内容をダイジェストでお届けします。
今回のテーマは「会社の価値と自分の価値を両方高める仕事のしかた」。日本ケロッグ経営管理・財務本部長(CFO)の池側千絵さんに、ロクシタンジャポン代表取締役の西口一希さんとともに、ファイナンスの仕事を通じて企業価値を高めると、ひいては自分の価値を高める視点や行動にもつながるのはなぜか、語っていただきました。ダイジェストでお届けします。
なぜ日本企業の稼ぐ力が低いと言われているのか
池側(日本ケロッグ) こんにちは。まず簡単に自己紹介しますと、私は新卒でプロクター&ギャンブル(P&G)に入社して以来、日本マクドナルド、レノボ・ジャパン、現在のケロッグとファイナンス部門で働いてきました。
西口(ロクシタンジャポン) 今日はよろしくお願いします。私も簡単に自己紹介しますと、1990年にP&Gに入社して17年いた後、ロート製薬でマーケティングの責任者を8年務めました。その後に今のロクシタンで代表を務めていて、今年で3年目になります。
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池側 自分が外資系企業に長らく勤めてきて、同業他社として日本企業をウォッチするなかで、稼ぐ力をどうすれば上げられるのか、ということに興味をもっています。ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、近年そうした観点で話題になったのが“伊藤レポート”です(編集部注:経済産業省が取り組む「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの最終報告書。座長であった伊藤邦雄・一橋大学大学院商学研究科教授の名前を冠して、『伊藤レポート』と呼ばれる)。
ここでも議論されたのですが(図表)、自己資本に対してどのぐらい稼げているかを示すROE(自己資本利益率;Return on Equity)が、日本企業の場合は非常に低水準にとどまっています。ROEは一般に10~20%で「良い」と評価されます。ところが日本企業は2012年で少し古いデータなのですが5.3%となっており、直近でも東京証券取引所上場企業平均で7-8%程度になっています。この表だと同時点で米国は22.6%程度、欧州で15%程度あるわけです。ROEをさらに「利益率×回転率×レバレッジ」に分解して海外と比較してみると、日本は回転率やレバレッジに大きな差がない一方で、売上高利益率が低いことがわかります。
西口 企業のROEが非常に低いことは、大きな問題だと思います。資本主義的な側面はもちろんあるのですが、それ以上にそこで働く従業員自身が低いROI(Return on Investment:投資に対するリターン)に安住してしまって、仕事でブレークスルーを求めなくなり、ビジネスパーソンとして、成長できなくなる危機感を感じてます。
日本ケロッグ合同会社執行役員 経営管理・財務本部長。 新卒でP&Gジャパン(株)に入社して以来、一貫して外資系企業のファイナンス部門に勤務。日本支社全体の利益・資金管理・報告、経理、税務、アジアHQでの予算管理業務など幅広いファイナンスの専門業務も歴任。その後日本マクドナルド(株)でのフランチャイズ事業担当財務部長、レノボ・ジャパン(株)のCFOを経て現在に至る。同志社大学文学部卒。慶應大学院経営管理研究科・Executive MBA在学中。USCPA。中小企業診断士。
池側 たとえば私がいま勤めているケロッグ(世界全体)は売上高営業利益率について18%をめざしています。米国の同業他社では、なんと20%以上をたたき出しているところもあるので、18%実現に向けて全社でがんばっています。それでは日本の食品会社はというと、A社さんが昨年11%で今後15%を目指し、B社さんが昨年8%で今後10%以上を目指すとおっしゃっているなど優良ですが、一方で一桁パーセントにとどまっている会社さんも多数あります。ROEはよい会社で10~15%と、国内では高水準ですが海外勢と比べるとまだまだ改善の余地があるように思えます。
では、バランスシート(貸借対照表:BS)も見てみましょう。
日本企業は無借金経営で自己資本が大きく、そのためもありROEが低く見える傾向にあります。ケロッグは純資産は結構小さくて、借り入れを利用して買収を含めた投資をしているためかROEが28%あります。これだけでどちらが良い悪いと判断できませんが、昨今は、自己資本だけでなく借入を有効に使って投資をして事業を拡大し、ROEを高めていくという戦略がひとつの大きな流れになっているようですね。ご自身で自分が属する企業や業界について財務情報を見てみていただくと、そうした流れも肌で感じていただけて面白いと思います。
西口 ROEを5%から10%に上げるというのは、ものすごく大変です。そのために、売上を上げるのか、利益率を上げるのか、キャッシュフローを改善するのか、それには新商品を投入すべきなのかコストを削減すべきなのか等、いろいろな選択肢を考えなければなりません。無理に思えるROEの達成を一生懸命考えるなかで、ありとあらゆる選択肢とアイデア、ビジネスモデルそのものまで考え付くし、その結果、個人もプロとして成長するのだと思います。
池側 本当にそうですよね。「企業全体」のROE/利益率向上というと、どうしても遠い話のように感じられるかもしれませんが、そうではないのです。そこで働いているみなさん個々人が、自分が関わっている事業においていかに利益率をあげるかということを意識することで随分変わるのではないかと考えています。
西口 日本企業の問題というよりも、資金調達プレッシャーがない環境の問題が大きいと思います。日本は、事実上、長年に渡ってゼロ金利なのでリターン自体が低くても問題になりにくい、株主にも突き上げられない。ROI、ROEが低くてもいい環境に慣れてしまっています。これまでの延長線上でそこそこ最適化して頑張っていれば、追いつめられることはない。でも何が起こるかといえば、ビジネスが陳腐化するスピード以上に、そこで働く従業員自身が自分の成長の機会を失ってしまう。
外資系の多くでは、良くも悪くも、常にROI、ROEを厳しく問われるので、難しい状況であっても、どうすれば成長できるか、ROEを高められるか、厳しく寝る間も惜しんで考えさせられます。すると、個人も成長するし、結果として会社も成長するという好循環をうみだすんですよね。だから、欧米企業は短期的な利益を求めすぎる、日本企業は長期的視点でみているからROEの高さは問題じゃない、といった抗弁を聞きますが、人がビジネスパーソンとして生産性を向上させて、自己成長する環境かどうかの観点で考えれば、大きな問題だと思います。
自分の仕事でも「入ってくるお金」と「出ていくお金」を意識する
池側 もちろん、個々人が頑張るだけで会社全体の利益率が簡単に上がるわけではないでしょう。
これだけ日本と海外の企業の利益率に差がある背景には、企業の組織の仕組みの違いも大きく影響していると思います。
ひとつは、多くの日本の企業の場合では伝統的に、戦略策定を担う経営企画部門と、経理・財務部門がそれぞれ分かれた組織になっていることが挙げられます。外資系企業の多くは、この両方を「ファイナンス部門(CFO部門)」が睨みながら、経営陣を手助けしていく組織になっています。もちろん、ファイナンスの基本的な資金繰りや内部統制、予算管理、投資分析などをこなしたうえで、中長期的に会社がどういう方向に進むべきか、経営陣と一緒になって経営戦略を策定していくわけです。この点、日本企業でも、経営と数字の両方がわかるファイナンス部門(CFO部門)が、各事業部門と蜜に働いて、「稼ぐ力」を強化する方策を考えるべきではないでしょうか。
ロクシタンジャポン株式会社代表取締役。大阪大学経済学部卒業後、P&Gジャパン(株)マーケティング本部に入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとしてパンパース他、数々のブランドマネジメントを担当。2006年にロート製薬(株)に執行役員マーケティング副本部長を経て本部長として入社。2015年4月より現職、ロクシタンジャポン株式会社にて代表取締役として従事。
西口 たしかにファイナンス部門であっても、たとえば経理志向が強すぎると締め付けにかかりやすくて、この経費もっと下げられませんか、ここ本当に必要ですか、と事業部門をつつきすぎて、疲れた事業部門側が前の年の焼き直しで済ませようとして本末転倒な結果をうんだりします。より戦略志向のファイナンスは、どうすれば売上や利益率が上がるかということを一緒に考えて提案できるような目線が必要ですよね。
あとは私もさまざまな部門の方と働いてきて、それぞれで見ているところが全然違うんだなという点も実感しています。たとえば営業はトップライン(=売上高)しか見ていなくて、費用はあまり見ていない人が多い(笑)。
対して、ファイナンス部門はトップラインとボトムライン(利益)を両睨みです。それも、単純に利益が出ればいいというわけではなくて、社員のモチベーション向上に役立つなら必要なイベントのためにバーンとお金を使ったり、減価償却が終わっていない設備でも老朽化がひどく事故につながる可能性があれば早めに入れ替えたり、事業の全体をみて必要なお金はどんどん投資します。それこそ、ビジネスパーソンに不可欠な“経営力”だと思いますね。
私の場合は特に、PL(損益計算書)が読めることが大切で、売上高から利益に至る途中の足し算と引き算が「投資」「経費」としてそれぞれ正しいのか語れること、これこそ、リーダーになっていく人材として必要なスキルではないかと思います。
簿記の本を読むとじんましんが出そうな方は、ご自身の会社の四半期決算書を読みこなして、他部署の方に説明できるぐらいまで自己トレーニングをされるといいです。PLが読めるよう一点突破を心がけると、BSやキャッシュフロー計算書も3点セットで読めるようになると思います。
池側 さて皆さん、会社は誰のものだと思われますか?
議論があるところですが、ここでは基本的には株主のものという前提でお話しますね。会社としては、株主によって投資されたお金を増やしてあげられれば満足してもらえるということです。ごく簡単にいえば、企業としては入ってくるお金を増やして出て行くお金を減らし、株価が上がって配当が増えるように、会社の利益とキャッシュフローが増える策を考えなくてはなりません。
一例として、ラーメン屋さんの店主になったつもりで考えてみてください。
たとえば、入ってくるお金(収入)を増やすには、客数を増やし、客単価(商品単価×注文点数)が上がるように、魅力的な商品をつくる。出ていくお金(コスト)を減らすには、原料の調達を工夫して良いものを安く買ったり、お店が広すぎればもっと身の丈に合った大きさの家賃の安い場所を探す、従業員のシフトを工夫したり、電気代やガス代を節約する……など、いろいろ考えられますよね。同じように、みなさんの自分の仕事で、何をすれば入ってくるお金が増やせて、出て行くお金を減らせるか、みっちり考えていただくと、絶対に企業全体として良くなるはずです。
会社の利益とキャッシュフローを改善することを意識して日々の仕事に取り組むことで、きっと個人の業績の成果が上がり、結果的に自分の価値が上がります。今、所属している部署が営業でもマーケティングでも、商品や業界に関する基本的な専門知識のうえに、リーダーシップやコミュニケーション力といったチームで成果を挙げるためのソフトスキルを身につけ、さらに今申し上げたような意識で、企業の価値を高めることを目標に個人としても動ける人材をめざしてください。必ず会社で必要不可欠な、もっといえばどこでも働ける人になるはずです。
「大・中・小」の視点からプロジェクトを考える
池側 もう少しファイナンスの仕事について、解説させていただきましょう。
たとえば、新製品の開発や商品改良などのプロジェクトに参画するファイナンス担当者のミッションとしては、(1) 会社の価値を高めるプロジェクトにする。(2) プロジェクトチームメンバーの活動を効率よくする(適切なタイミングで目標設定をしてあげる)というものがあると考えています。商品案がほとんど決まってからPL計算をして目標利益構造に届かない場合、商品設計からやり直しになったり、または、目標利益構造に達していないのに商品を出すことになってしまったりします。ファイナンス担当者がプロジェクトの早いタイミングで参画して、適切に各担当者の数値目標設定をして進捗チェックをしてあげれば、やり直しなく、そのプロジェクトを成功に導くことができます。
特にファイナンスの担当者は、「大・中・小」のそれぞれの視点からプロジェクトを見ていくのがおすすめです。
「小さい視点」としては、商品そのもののフォーミュラと原価、容量(袋に何グラム入れるか)、パックあたり、キログラムあたりの売価、粗利益率、利益金額などの基準を細かく設定して、チームでその目標を達成していきます。次に「中くらいの視点」ですが、そのプロジェクトを今後数年のスパンで見て、投資対効果を検証したり、既存の商品とのカニバリゼーションを考慮したりします。また、「大きい視点」としては、事業部、会社全体に与える影響(売上、利益、利益率、キャッシュフローなど)を見ます。売上と利益の向上の両方の達成でチームに貢献できると、会議に「また呼んでもらえる」ファイナンスになれると思います。
このようにファイナンスの人が事業部に入り込み、日々の業務の中で他部門の人たちと一緒に仕事をして、利益率やキャッシュフローを改善していく。また、他部門の人たちも、どうすればPL/BS/キャッシュフローを改善できるのかを知って日々の仕事に生かしていく。そうすると会社の利益率が改善し、ROEも目標に近づいていくのではないでしょうか。
わたしが新卒で入社した外資系企業のファイナンス部門では、まずは事業部配属になり、マーケティングや営業、サプライチェーンの人たちと一緒に事業に携わりました。若いうちからビジネスを理解することができて効果的です。そのあとに経理財務や税務などのファイナンスの専門部門に行ったり、また事業部のファイナンスリーダーとして現場に戻ったり、2-3年のスパンでローテーションをして、早いスピードでCFOを目指しました。多くの企業でこの方法を取り入れていただきたいなと思います。