◆日本会議の結成
◇創価学会と日本会議

 1997年に日本会議が設立された背景には、自民党一党体制の崩壊がある。1993年、日本新党の細川首相は、先の大戦は侵略戦争であり、まちがった戦争だったと、歴代首相として初めて「侵略戦争」を明言した。さらに1995年、社会党の村山首相は、侵略行為や植民地支配などへの深い反省を盛り込んだ「村山談話」を発表した。反省と謝罪の国会決議に強く反発し、これを阻止しようと保守陣営は激しい抗議活動を展開。だが、最終的には決議されてしまう。この一連の出来事により、保守の再結集が叫ばれた。

 さらにこの時期、公明党・創価学会が伸長していたことも、日本会議の設立を促した。創価学会の強引な布教活動に他の宗教団体が強く反発し、1994年には「四月会」という組織が結成された。このようなアンチ学会の空気のなか、日本会議が設立された。

 なお、自民党はその後、「集票マシン」として公明党を引き込み、1999年に連立政権を発足させている。

◇天皇と国体

 2016年に天皇が生前退位の思いを表明すると、日本会議と神道政治連盟では、退位の前例をつくると国体の破壊に繋がる、反天皇勢力が天皇制度無力化を図っているなどと議論百出した。

 また日本会議は「女性宮家」の創設にも反対している。「有史以来の男系による皇室継承を改変することは、国家の連続性を断絶する革命に等しい」とし、女系天皇に危機感を抱いている。安倍晋三首相も、女系天皇を認めた有識者会議に対して、「この結論は、皇室の伝統と文化を合理主義で考える極めて間違った姿勢だ」と批判している。

(敬称略)

一読のすすめ

 安保闘争を知る世代が少なくなった時代において、右翼民族派の歴史と思想を知ることはきわめてて重要だ。フェイクニュースがあふれる世界において、膨大な一次資料を丹念に調査した本書は、貴重な知識を読者に与えてくれるだろう。

評点(5点満点)

著者情報

藤生 明(ふじう・あきら)

 1967年、埼玉県生まれ。91年、朝日新聞社入社。長崎支局、筑豊支局などをへて、AERA編集部へ。10年余り在籍し、記者・デスクとして石原都政、右派言論のほか、創価学会などの宗教分野を重点的に取材。大阪社会部で「橋下現象」を取材した後、2014年からは東京社会部で専門記者として「右派全般」を担当。現在、編集委員を務める。

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