この番組に関して言えば、プロデューサーや演出の人間がいくら、この企画はおもしろいからやりましょうと言っても、とんねるずがノーと言えばたぶん企画は通らないと思う。逆に、とんねるずがやると言えば、プロデューサーや演出はノーとは言えないだろう。実際どうかは不明だが、一般的にはそのような力学が働く。また、これも一般論になるが、30年も続いた長寿番組の場合、プロデューサーは途中で変わることが多い。メインのタレントよりもキャリアが浅い人間がプロデューサーになる場合もある。この場合、プロデューサーよりタレントのほうが発言力を持つことが多い。若手のプロデューサーであれば、よほどの人間力がなければ、大物タレントやベテラン演出家を仕切れるものではない。

 ちなみに番組のウェブサイトを見ると、チーフプロデューサーとして「太田一平」という名前が載っている。ウェブでの情報によれば、太田氏はAD時代に『とんねるずのみなさんのおかげでした』から生まれた音楽ユニット「野猿」のオーディションを受けて不合格。その後、『とんねるずのみなさんのおかげでした』などのディレクター、プロデューサーを務め、現在はチーフプロデューサーとなっている。立ち位置としては、太田氏はとんねるずの後輩的な立場と言えるだろう。

 つまり状況的に考えて、今回の特番で保毛尾田保毛男を復活させたのは、石橋貴明の意向が強く働いたと考えることもできる。たとえ、発案が他の放送作家やディレクターであったとしても、石橋がノーと言えば、保毛尾田保毛男は登場できなかったはずだ。それなのに、このような批判が噴出することがわかりきったキャラクターを出してしまったのは、とんねるずの2人も、番組制作の中核スタッフも、時代感覚がズレてしまっていたとしか言いようがない。

 しかし問題なのは、出演者や制作スタッフの時代感覚がズレていたことではなく、そのズレた感覚を企画段階でチェックする機能が、テレビ局にも番組の制作現場にもなかったということだ。通常はチーフプロデューサーがそのあたりのこともきちんと考え、チェックし判断すべきだが、今回はそのようなメカニズムも働いていない。今回の批判を受けて、フジテレビの宮内社長はすぐに謝罪の意を表明しているが、チェックのメカニズムが機能しなかったことに関してはまったく触れていない。そこまで言及しなければ、今回の件は謝罪して終わりになったとしても、今後また何かの違った形で、同じような問題を生み出してしまう可能性がある。

 LGBTQ関連団体も、この番組についてフジテレビに抗議文を送っているが、チェックのメカニズムにまで踏み込んだ抗議文になっていない。また、ツイッターやブログなどのネット上でもフジテレビ批判をする人も多いが、そのほとんどがフジテレビ、あるいは番組制作者に対する「意識の欠如」を批判しているだけで、「メカニズムの改善」を求める声もほとんど見られない。意識改革を求めることはもちろん間違いではないが、マスメディアのように多くの人間が関わって、毎日、大量の情報を発信しているものは、制作者の意識だけに頼るのはやはり危険だと思う。

当事者の声を
ちゃんと聞いて批判しているのか

 保毛尾田保毛男が批判されるのは当然だと僕も思うのだが、一方で、その批判のあり方に「違和感」を感じる部分もある。それは、番組を批判する人たちはまるで今回の番組によって「LGBTQの人たち全員が深く傷ついている」かのように語り、それを前提に批判をしている点だ。しかし本当のところ、当事者はどう感じているのだろうか。僕もLGBTQの知人、友人がいるので、LGBTQコミュニティの空気感について聞いてみた。一人はゲイコミュニティの住人A氏。もう一人はニューハーフコミュニティの住人B氏だ。いずれもそのコミュニティでは名の知れた人間であり、僕の取材にコメントすることで余計な迷惑をかけたくないので、名前は伏せておく。