ジョブズの実像とは何か

 スティーブ・ジョブズは偉大ではあったが、あらゆる点で天才である人間がいるはずはない。偶像化は、時にスーパーマン化を意味する。しかし、我々が学ぶべきは、偶像ではなく実像であるべきだ。

ねごろ たつゆき/京都大学卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了、鉄鋼会社、英ハル大学客員研究員、文教大学などを経て現職。京経営情報学会会長、国際CIO学会誌編集長、CRM協議会副理事などを歴任。2001年度より早稲田大学教授。2010年10月より早稲田大学ビジネススクール・ディレクター(統括責任者)。ITと経営、ビジネスモデルなどを研究テーマとする。『代替品の戦略』(東洋経済新報社)、『デジタル時代の経営戦略』(共編著、メディアセレクト)、『CIOのための情報・経営戦略』(共編著、中央経済社)など著書多数。ブログ「ITと経営」

 ジョブズは、製品コンセプト・デザイナーとして、そしてビジネスモデル・イノベーターとして図抜けた能力を持っていたというのが、私の観察である。ジョブズは、経営者としても、あるいはコミュニケーション能力においても天才だったということはない。

 ジョブズが1985年にアップルを追放されたのは、彼の独断専行とそれによる業績の急降下が原因であり、このことは、少なくとも当時30歳のジョブズが、経営者としての能力やコミュニケーション能力に問題を抱えていたことを意味する。

製品コンセプト・デザイナー

 ジョブズには、製品開発をめぐる逸話が、いくつもある。ジョブズは、市場調査を信じず、「自分は市場が欲しいものを把握する直観を持つ」と、信じることができる強さがあった。確かに、市場調査で出てくるものは、すでに存在する製品の改良ニーズか、技術的実現性を無視した夢物語であり、開発すべき「無理すれば実現できる夢」ではない。しかし、「求められる製品」に関する自分の直観を、ジョブズほど信じることができる人間はまれである。