写真 加藤昌人 |
金聖響のベートーベンには、均整の取れた美しさと、みずみずしさがある。研ぎ澄まされた感性でていねいにデザインされるオーケストラの和声からは、あけすけな官能やロマンの演出が、いっさい排除されている。「クラシック音楽はどれも、完成された作品だから、必要以上に個人的な思い入れを織り込んで、届けちゃいけない。原典に100%ひれ伏している。考古学者の目で原典を見つめ、それを再構築して現代の音楽家に奏でてもらうのが仕事」という。
14歳のとき、小澤征爾がタングルウッド音楽祭でマーラーの『復活』を振るドキュメンタリーを観た。心が震えた。すぐさま日本を離れ、小澤のいる米国ボストンで学び、タングルウッドの奨学聴講生として夢の舞台に立ち、あこがれの人に師事した。「同じ空気を吸っているだけで幸せだった。だが次第に、小澤さんは20世紀を代表する音楽家であり、社会も個人も変質する次の時代に生きる僕らは、より賢い、より洗練された方法論で音楽を届ける使命を担っていることに気づき始めた」。
現在、国内主要プロオーケストラの演奏会に客演、忙しく日本各地を回る。心を通じ合える演奏家たちとの共鳴。10年の音楽人生でたどり着いた心地よさなのだろう。だが、フランクな物腰、いたずらっ子のような笑顔の下に眠る野心や闘争心を解き放つとき、音楽は突き抜け、想像もできない高みに達する予感を、強いまなざしが覚えさせる。
(『週刊ダイヤモンド』副編集長 遠藤典子)
金 聖響(Seikyo Kim)●1970年生まれ。ボストン大学哲学科を経て、ニュー・イングランド音楽院大学院指揮科修士課程修了。ウィーン国立音楽大学指揮科で、湯浅勇治、R・ハーガーらに師事。1997年ニコライ・マルコ国際指揮者コンクールで優勝。国内外のオーケストラに客演。2003~06年には、大阪センチュリー交響楽団専任指揮者を務めた。