ベストセラー『地頭力を鍛える』で知られる細谷功さんの最新刊『考える練習帳』(ダイヤモンド社)では、眠れる思考回路を起動させる45のレッスンを解説しています。本連載『無印良品のPDCA』(毎日新聞出版)の著者で松井忠三無印良品前会長と細谷さんの対談をお届けします。人間の思考に精通したビジネスコンサルタントと赤字企業を短期間でV字回復させた実力派経営者。2人が語るAI時代を生き抜くための「考える力」とは、一体どういうものでしょうか?
優れた現場には、多くのヒントがある
細谷 さきほどおっしゃった3キロ先が読める人というのは、具体的には、経営者の方とかですか?
松井 そうです。優秀な経営者は本質が見えるし、先が読める。私が参考にさせていただいのは、しまむらの藤原秀次郎さん、キヤノン電子の酒巻久さんなどですね。そういう人たちがやってきた現場を見に行くと、すでにそれがもう仕組みになって動いていますから、そこからいろんなヒントがもらえるんです。
細谷 そうですよね。
松井 私なんかは、せいぜい1キロ先ぐらいまでしか読めないけど、彼らは3キロ先までが読めますね(笑)。
性格テストと業績をマトリクスにして人事の参考に
細谷 前回、話に出ましたが、人事異動の際には、どういう判断基準を考慮するのですか?
松井 まずは、その人の素質を見ますね。素質は見えにくいものですが、無印良品では、それを把握するために「キャリパー」というテストを実施しています。これは、一種の性格テストで、自分を格好よく見せようとして正直に答えないと判定不能の結果が出てしまいます。このテストの結果と業務の成績をマトリックスにして判断しています。
細谷 松井さんもテストを受けられたのですか?
松井 はい、もちろん。私の場合は、決めた物事を最後までやりきる「徹底性」が100点満点で98点でした。それから締め切りを守る「納期意識」、外出先でもまじめに務めるという「内的管理」もすごく高いです。
一方で、得点の低い項目もあります。
細谷 なんですか?
松井 会社のルールを守って仕事をするかどうかの「外的管理」という項目です。あとは「社交性」が低いです。この2つは本当に低い。これが私の特徴です。
細谷 なぜ、その2つが低いのでしょうね?
松井 物事を考え続けていると、「外的管理」はどうしても低くなるのではないでしょうか。それは自分自身の経験と、『考える練習帳』を読んでの結論です。
それと「社交性」については、私が社長だった頃、常勤の役員は15人ほどいましたが、面白いことに役員全員「社交性が高い」人は一人もいませんでした。一般的には社交性が高い人が好まれるのでしょうが、無印良品では社交性が低い人のほうが評価されるということでしょうか。
細谷 それは、無印良品がPDCAのDo、つまり実行力を重視する会社だからではないでしょうか。
松井 そうですね。上手に上司にアピールして、自分のいい所だけを見せる人は、かって親会社だった「西友」では出世しました。でも、無印良品ではまったく反対の価値観で、結果を残さないと昇進できないんです。
細谷 それで、適材適所の配置をされるわけですね。
松井 潜在的な能力を参考に、実績を加味して、優秀な人から難しい仕事をしてもらうように配置をする。そうでなければ全体最適な経営にはなりません。
実行力のある会社でないと、ビジネスモデルは変えられない
細谷 西友のお話がありましたが、親会社である西友が一時業績不振に陥った一方で、無印良品は躍進しました。その理由は、何だと思われますか?
松井 西友は、ビジネスモデルの崩壊に対応できませんでした。18年間在籍しましたが、経験主義に頼りすぎたのではないでしょうか。経験主義は属人的になりがちです。そのノウハウをもつ人がいなくなると、その仕事が回らなくなる。なので、無印は業務を標準化するためマニュアルを取り入れました。
細谷 ビジネスモデルが崩壊していても崩壊に気づかない、あるいは気づきたくない企業が数多くあります。特に、流通業は顧客が離れたら終わりというシビアな世界です。
松井 急激にビジネスモデルが崩れる会社の場合、全社員が気づくので、改革はしやすいと思います。たとえば、富士フィルムはデジタルカメラの出現で、フィルムが消えると明らかにわかったから脱皮ができた。
難しいのは、百貨店のように少しずつ売上が落ちている業界です。ギンザシックスをオープンした大丸松坂屋のようにビジネスモデルの転換をはかる会社もあれば、三越伊勢丹のように本業をきわめて、残存者利益を得ようとする会社もある。
でも、残存者利益というものは存在しないと思います。皆、最後まで頑張りますから、残存者利益を受け取る頃には、自社がなくなってしまうのです。私が思うには、ビジネスモデルを変えるしかない。それができるかどうかは実行力に尽きると思います。
「今、学ぶべき会社」を毎年レポートにまとめるトヨタ
細谷 企業には必ず危機が訪れるものですが、経営者の当時は、脅威への対応は考えていましたか?
松井 好調な時に危機の芽を見つけ、事前に摘み取るのはとても難しいです。私自身、何人もの経営者にそれを質問しましたが、全員が「そんなことはできない」と口を揃えて答えています。だから、そう考えて、とにかく普段から準備するしかないんです。
細谷 そうですね。
松井 そのための参考になる事例がトヨタです。トヨタは、社員たちが毎年「今、トヨタが学ぶべき会社はどこか」をリストアップして、自主的に訪問してヒアリングし、それをレポートにまとめているんです。全部で5チームあり1チームあたり5社取材するので、年に25社のレポートが出来上がります。その活動をもう40年以上も続けているというのですから驚きです。しかも、その活動費は労働組合から出ているんです。トヨタが業界をリードし続けている理由がわかりますよね。
細谷 変化し続けることの重要性ということでしょうか。
経営には、抽象化と具体化の両方が必要
細谷 急速に浸透しつつあるAIについておたずねします。ビッグデータ、顔認証、ロボットと最新のテクノロジーが続々と生まれていますが、無印良品とか小売業は、どのような影響を受けると考えられますか?
松井 いろんな単純作業はなくなっていくでしょうね。今、流通業でいちばん作業量の多いのはレジの精算と棚卸しです。でも、これも自動精算のレジを置けば精算業務がなくなります。また、ICタグを導入することで年に1~2回の棚卸しも一瞬で終わります。こうした技術は、流通業界でも取り入れていくしかありません。
細谷 ネット通販のアマゾンやアリババは、無人店舗の開発を進めています。無人化は店舗ビジネスの潮流になりそうですね。
松井 とはいえ、当然、人間にしかできない業務というものもありますよ。お客様の要望を聞いて、業務改善や商品開発に結び付ける仕事は人にしかできません。単純な作業をAIが担う一方で、現場の社員らは、創意工夫が求められる仕事にシフトされる。
細谷さんが最新刊『考える練習帳』で書かれている通り、AI時代には自分で考える力が求められるようになるのではないでしょうか。
細谷 人間のクリエイティブな発想は物事の抽象化からはじまり、そこからモノやサービスに具体化されていきます。一方、AIには与えられたデータをもとに、答えに導く能力はありますが、現時点では自ら能動的に考える力(抽象化)はありません。
松井 企業組織の活動は、抽象化と具体化が両方できて、初めて成り立ちます。
若手で伸びる人は「素直な人」
細谷 では、最後の質問になりますが、20代、30代の若手社員で、将来、伸びる人と伸びない人の違いというのは、何があるとお考えですか?
松井 そうですね。やはり伸びる人は素直ですね。『考える練習帳』にも書かれている「自責」で考える人です。原因は他人や環境にあるのではなく、常に自分にあると考えられるかどうか。
仕事とは人を説得する業務といえますが、自分の頭で考えた言葉でないと、相手の心には届きません。伸びない人というのは、物事を表面でしか見ていないのです。
細谷 そうですね。自責の人は思考回路が起動しますが、他責の人はすぐに思考が停止します。自分の頭で考えて、今ある権限の中で精いっぱい実行して、そこから先は「もっと権限をください」と、上司を説得するくらいでないと。
松井 権限が何かをするわけではない。権限があれば、上司も役員も話は聞いてくれるでしょう。だからといって承認されるわけではない。最終的に人を動かすのは、その人の地位や権限ではなく、自分自身で考えぬいた言葉でしかありません。
細谷 本日は、お時間をいただきまして、誠にありがとうございました。
松井 いえ、こちらこそ、楽しかったです。
(文・大西元博、撮影・宇佐見利明)
(本対談は、今回でおわります)
※次回は、12月12日(火)に掲載予定です。