ところが、それを知った元夫は、「もう養育費は払わない」と言い出したというのです。景子さんは怒り心頭でした。

夫の反対押し切り
福島から福岡へ自主避難を強行

 もともと景子さんと、元夫の光一さんは、優愛さんが8歳になるまで福島で暮らしていました。あの震災が起こるまでは……。

 津波の被害こそ受けませんでしたが、持ち家だった自宅は大地震に耐えきれず、大規模半壊しました。しかし娘の優愛さんは喘息持ちで生まれつき身体が弱いので、避難所生活は酷です。そのため、娘の体への負担を減らしたい一心で、震災後も身の危険を承知の上で自宅に留まり続け、繰り返す余震に怯える日々を送っていました。

 しかし、そこに福島第一原発事故による放射能汚染の不安が重なります。景子さんたちの自宅は強制避難区域ではありませんでしたが、目に見えない放射能への不安が日増しに膨らみ、我慢の限界を迎え、ついには夫に対してこう切り出したそうです。

「西日本に引っ越したい!できるだけ早く!!」

 しかし、夫の思惑は景子さんとは異なり、ローンを組んで自宅を補修し、今後も自宅に住み続けるつもりで、「移住」という選択肢はまったくなく、猛反対に遭いました。

「もう死にたい!」

 景子さんは娘を道連れに一家心中を図る寸前のところまで、精神的に追い詰められていたのです。

「先生は震災のデマに乗せられて出て行った馬鹿と思われるかもしれませんが…」と景子さん。夫の目を盗んで、優愛さんと福岡市への移住を決行しました。

 夫は震災前から生活費の不払いや、酒乱による暴力、そしてパチンコによる借金などのトラブルを起こしていたので、移住を機に離婚するつもりでした。