森友学園との国有地取引に関する公文書改ざん問題は、未だ全容が解明されていないが、本省理財局内部で行われ、近畿財務局への不適切な指示や、省内の不自然な“忖度文化”が、大阪地検の捜査で明らかになりつつある。だが、仮に捜査のメスが入らなかったら、決して外部には漏洩しなかったのではないかと思う。

財務省の権力を取り戻すことに
寄与した官僚はみんな次官に

 小泉政権時、“チーム財務省”は、官邸では丹呉が、本省内では杉本が背後で動き、現場の最前線で指揮を執っていたのは、「最後の大物次官」との異名を取った勝栄二郎・元次官(現IIJ社長)だった。

 勝の脇を固めていたのが真砂靖・元次官と、「花の54年組」と呼ばれた木下康司・元次官、田中一穂・元次官、香川俊介・元次官だった。54年組からは、同期で3人もの次官を輩出し、彼らが群を抜いて優秀だったのはもちろんのこと、省への貢献ぶりがいかに高かったかについてもよく分かる事例として語り継がれている。

 だが、筆者のような取材者の力不足かもしれないが、あくまで積み重なった事実からうかがい知る推論に過ぎず、そうした布陣や各々の役割を、メディアに事細かに話す官僚は財務省にはいなかった。

 先に名前を挙げた、財務省を再び「官の中の官」に戻すことに大きく寄与した官僚たちは、皆、次官を務めた。だが、「本当の最後の大物次官は勝さんではなく、香川さんだった」(財務官僚)と言われる。そんな省内で尊敬をもって語られている香川は、2015年、がんが再発して死去した。

 そしてこの日から、財務省の落日は目に見えて始まった。

 次回以降、財務省が朽ちていく過程を、詳しく紹介していくことにする。

(敬称略)