「すみません! ボク、成功したくていっぱい本を読んだんです。そして書かれているノウハウも実践しました。でも、結果が出ないんです。なので、成功できるノウハウをご存知でしたら、教えてもらえないでしょうか?」
「例えば、石川くんはどんなノウハウを実践しているのかな?」
「引き寄せの法則とか、ポジティブシンキングとかを頑張っています!」
「引き寄せの法則? それは初耳なんだけど、どんな法則なんだね?」
 えっ、知らない?
 ウソでしょ?
「えーっと、理想をイメージすると現実化する、っていうやつです」
「そんな法則があるんだ。知らなかったよ」
 そう言って渡辺さまは微笑んだ。
「それで石川くんは、何かイメージを現実化できたのかい?」
「それが、今のところ、さっぱりなんです」
 なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「すみません、変な質問をして」
「いや、いいんだよ。何事も疑問を持つことは大切だからね」
「あの、もう1つよろしいですか? 自己啓発書やスピリチュアル本はよくお読みになりますか?」
「うーん、部下たちに薦められたら読むぐらいかな」
「読んだ後、そのノウハウを実践なさいましたか?」
「申し訳ないが、そういうふうに読んだことはないんだよ。周りとのコミュニケーションの1つとして読んでいるだけだから」
「そうなんですね。あっ、長居して申し訳ありませんでした。他に必要なことはありますか?」
「大丈夫だよ。夜中にありがとう」
 ボクがカートを転がして部屋から出ようとすると、渡辺さまからこんな言葉が返ってきた。

「私は、うまくいっていない時は、自分の価値観を疑ってみるけどね」

「価値観ですか? それはどういうことでしょうか?」
「ちょっと失礼なことを言うが、人生がうまくいかないなら、それは価値観が間違っているということなんだよ
「なるほど……。勉強になります」
 自分のことを全否定されたようで一瞬目が泳いだ。でも、ホテルマンであることを思い出し、しっかりと丁寧に返事をした。
「これは石川くんに限ったことではないのだけれど、人は必ず自分の価値観で良し悪しを判断する。
 仮に他人の意見が正しくて自分が間違っていても、自分の価値観を優先してしまうんだ

人生は選択・決断・行動で
いくらでも変えられる

 とりあえず仕事が一段落したボクは休憩室へ入り、渡辺さまと話したことを整理したくて、おじいと対話を始めた。

タイチ「でもなあ、まだ納得いかないなぁ。こんなに自己啓発やスピリチュアル系の本を読み込んでいるボクの価値観が間違っているかもしれないなんて」

おじい「その頻繁に出る『でも』も1つの価値観だ」

タイチ「いや、でも……。あっ、また出ちゃった! その価値観を変えてしまったら、ボクのアイデンティティがなくなっちゃうよ」

おじい「なくならない。そもそもタイチにとって自己啓発書はずっと、自己安心本でしかないじゃないか

 ボクには反論する言葉が1つも見つからなかった。ただただ、顔が引きつるばかり。
 これほどまでに感情を揺さぶられるということは、きっと的を射ている指摘なのだろう。

おじい「人生は選択・決断・行動でいかようにも変わる。それを判断するのは、結局は自分の価値観だ」

タイチ「自分の価値観の良し悪しはどう判断すればいいの?」

おじい「結果が出ているかどうかで判断するのが一番わかりやすい。
 自分ができることをしっかりやっていけば、1年で芽が出て3年で花が咲く。
 後はそれを繰り返して大樹に育てていけばいい

タイチ「ボクは3年近く何も好転していない。ということは、ボクが成功するために頑張っている価値観は完全に間違っているというわけだ」

 とにかく、今ある価値観を見直してみよう。
 ボクは一生お金に困らない生活をしたいのだから。