2007年のある日、まるで張り詰めた風船が破裂するように、私は突発的に大学病院に辞表を出した。「終わりの見えないブラック労働」「去りゆく同僚」「入らない若手」「しがみつく訳あり人材」「口だけ達者で働かない管理職」という職場環境から、とにかく逃げたくなったのだ。

「当面は出張麻酔のアルバイトをしながら、のんびり次の職場を探そう」と考えていたら、当時の麻酔科医不足の影響もあり、退職公表後の数日後には2ヵ月先までの仕事が埋まった。「これなら、無理して常勤医に戻らなくてもよいかも」と思い始め、フリーランスとして独立する覚悟ができた。

有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰

 腕と度胸と携帯電話――あるフリーランス麻酔科医は、独立に必要な三種の神器としてこれらを挙げた。確かに、内科医や眼科医とは異なり、初期投資ゼロで開業できるのも麻酔科医の特徴である。また、手術症例ごとに仕事が完結するので、仕事の定量化や成果ベースの報酬システムが設定しやすい。辞めた翌日からでも稼ぐことが可能であり、大学病院幹部に言わせれば「逃げ足が速い」診療科でもある。

 インターネットの発達も、医局衰退やフリーランス医師誕生の一因である。昭和の時代から大学医局は、医者と病院をマッチングさせるハブ機能を担ってきた。教授や医局長に逆らえば、当直のアルバイト一つ見つけることが困難になる。だから、医局員たちは服従せざるを得なかった。

 ところがネットやら携帯電話が進化し普及した現代、医者個人が病院と直接交渉したり、医者同士が大学医局とは無関係な広域ネットワークを形成することが可能になった。