一見した私の印象は、「ここまでツッコミが入るとは!」だった。問題があることは以前から理解されているとはいえ、非常に詳細な理解に基づき本質をえぐった今回のコメントには、正直なところ驚いた。生活保護受給者の暮らしを深く知る開業医は、「一読して、感動のあまり身体が震えた」と語った。社会運動家の結城翼氏らも、このプレスリリースに関する記事を直後に発表している(結城氏の記事はこちら)。

 しかし、特別報告者たちの申し入れは、あくまで「この件で日本政府と対話したい」という希望にとどまっている。強権をもって「応答せよ」と迫れるわけではないからだ。このまま日本政府が無視を続けたり、あるいは拒否したりすれば、「マナー違反」として呆れられるかもしれない。しかし、「そんな態度なら日本に何らかのお仕置きを」という成り行きは考えられない。少なくとも、 道路交通法違反と同レベルでの「ルール違反」 ではない。しかしだからと言って、「このまま無反応で構わない」というわけでもない。

国連での振る舞い方は
町内会のゴミルールから理解できる

 わかりやすい例として、ゴミに関する町内会のルールを考えてみよう。

「ゴミを収集所に出すのは午前7時以後」といったルールは、7時より前に家を出なくてはならない会社員を、しばしば困惑させる。そのようなルールがすでにあると知らずに賃貸住宅に転居してきて、風紀委員のようなご近所さんに厳しくチェックされて不快な思いをしても、多額の初期費用をすぐに用意して転居するわけにはいかない場合が多いだろう。ルールを変えたいと思っても、賃貸住宅の入居者は町内会員にしない町内会もある。参入できたとしても、多数決で敗北する可能性が高い。すると、不平不満を抱えながら次の転居の機会を待つしかない。

 しかし、同じルールの作成に自分自身を含む多様な人々が加わっているとすれば、状況は全く異なる。「午前7時」という時刻は、望ましい到達目標や当面の落とし所として決められるだろう。人により家庭により、事情がそれぞれ異なることは承知の上で定められるルールに対して、「厳守!」と叫ぶ声は上がりにくい。