経営努力を上回る
急速な事業環境の変化

 超低金利時代は必ずしも国鉄民営化の逆風だったわけではない。国鉄債務を継承した本州3社にとっては返済が想定以上にはかどり、新しい設備投資の追い風となった一面もあるからだ。問題はメリットとデメリットが相殺しない形で分割してしまったことにあると言えるだろう。

 経営安定基金の運用益が長期的には減少していくなかで、JR北海道は営業赤字を削減し、鉄道事業の安定経営を実現することが求められていた。そのためには収入を増やし、費用を減らさなければならない。そういった意味では、JR北海道が一定の経営努力を続けていたことは間違いない。民営化以降、札幌都市圏で列車の増発や新駅の開業、札沼線(学園都市線)の通勤路線化を進めるとともに、札幌駅を中心とする特急列車のネットワークの拡充、新千歳空港輸送の強化によって、1987年に623億円だった鉄道運輸収入は、1996年に800億円まで増加している。

 ところが1997年、北海道は大きな転機を迎えることになる。ひとつは北海道拓殖銀行破綻に端を発する長期の景気低迷、もうひとつはこの年の569.9万人をピークに人口減少期に突入したことである。鉄道運輸収入も1996年をピークに減少に転じ、2014年には民営化以降2番目に少ない668億円にまで減少してしまった。

 さらに経営環境を激変させたのは高速道路網の整備だ。1987年に合計167kmだった高規格幹線道路は、2018年3月には1119kmまで拡大し、自動車保有台数も1987年の165万台から2015年は290万台まで増加している。

 国鉄民営化の方向性が決まった1983年に約4000kmあった路線網は、利用が少ない路線を廃止して民営化時は3176kmに、民営化後の30年間でさらに約650kmを廃止して、現在では2552kmまで減少している。人件費もピークの半分近くまで切り詰めた。それでもなお路線の半分以上が「当社単独では維持することが困難な線区」だというのである。全体の7%にあたる179.4kmの区間では、1列車あたり10人以下の利用者しかおらず、鉄道である利点がないとして、路線廃止によるバス転換を提唱している。