「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクルは、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した『夜と霧』は、世界的ベストセラーになっています。冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。このたび、ダイヤモンド社から『君が生きる意味』を上梓した心理カウンセラーの松山 淳さんが、「逆境の心理学」とも呼ばれるフランクル心理学の真髄について、全12回にわたって解説いたします。

人生には意味があるのだと知っていることほど、
最悪の条件にあってすら
人間を立派に耐えさせるものはほかにありません。

『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)

日々が、なんとなく虚しい(実存的空虚)

「私はここアメリカにおいて、自分の現存在の意味を絶望的に探し求めている私と同年輩の若い人たちにぐるりと周りを取りかこまれています。私の最上の友人のひとりは、まさにそのような意味を見出すことができなかったために、つい先頃亡くなりました」(『生きがい喪失の悩み』ヴィクトール・フランクル[著]、中村友太郎 [訳] 講談社)

 これは、ある大学生がフランクルに書いた手紙です。

 人生の無意味感に打ちのめされ、この学生の友人は死を選びました。亡くなった若者にとって、それほど「生きる意味」は痛切に必要なものだったのです。

 生きる意味の欠落感からくる虚しさをフランクルは、「実存的空虚」(existential vacuum)と呼びました。
「実存的空虚」には2つのタイプがあります。「急性型」と「慢性型」です。

「急性型」は、人生に突如として訪れる悲劇の経験から「生きる意味」を失うような状況です。親や子の死、会社の倒産、失職など「なぜ、虚しいのか」、その原因は明らかです。

 一方で「慢性型」は、「なぜか、毎日が、なんとなく虚しい」と表現できるような日常生活で時折、意識化される空虚感です。その原因は本人にとってよくわからないことが多いのです。

 例えば、朝起きて、家族とともに朝食をとり、電車に揺られ職場につき、その日の仕事をこなします。会議があり、数多くのメールを処理し、取引先と打ち合わせをし、1日が終わります。家に帰り、晩酌しながら妻と子と会話をし、やがて眠りにつきます。そしてまた朝が来る……。

 そんな人生に、特に不満があるわけではありません。

「幸せですか?」と聞かれれば、「幸せです」と自信を持って答えられないけれど、「では、不幸なのですか?」と、聞かれたら「そんなことはない」と言い切れます。

 でも、独りになると、時々、ふと感じるのです。心の底の底の方にべったりと、決して自分の力では取るのことできない正体不明の「虚しさ」がはりつていることを…。

 なぜ、慢性型の「実存的空虚」が生まれるのでしょう。フランクルの理論に従えば、その理由は、人間が「意味への意志」を持つ存在だからです。彼はこう書いています。

「自分の人生に意味見出そうとする努力は、人間の内なる根源的な動力なのです」※1

 ここで注目すべきは、「根源的な動力」と書いている点です。それほど「生きる意味」は人にとって根本的に重要なものであり、その動力は、私たちの「生きる力」に強い影響を及ぼしているのです。

 よって、生きる意味を自ら、あるいは、第3者との対話を通して意識化することができれば、虚しさは少しでもやわらいでいくのです。

強制収容所を耐えた人の特徴

松山 淳(まつやま・じゅん)
研修講師/心理カウンセラー 産業能率大学(情報マネジメント学部・経営学部)兼任講師
1968年東京生まれ。2002年アースシップ・コンサルティング設立。2003年メルマガ「リーダーへ贈る108通の手紙」が好評を博す。読者数は4,000名を越える。これまで、15年にわたりビジネスパーソン等の個別相談を受け、その悩みに答えている。 2010年心理学者ユングの性格類型論をベースに開発された国際的性格検査MBTI®の資格取得。2011年東日本大震災を契機に、『夜と霧』の著者として有名な心理学者V・E・フランクルに傾倒し、「フランクル心理学」への造詣を深める。ユング、フランクル心理学の知見を活動に取り入れる。同年Facebookページ「リーダーへ贈る人生が輝く言葉」の運営開始。フォロワー数は6,500名を越える。2016年産業能率大学情報マネジメント学部の兼任講師。2017年産業能率大学経営学部兼任講師に就任。経営者、起業家、中間管理職など、リーダー層を対象にした個別相談(カウンセリング、コーチング)、企業研修、講演、執筆など幅広く活動。

 ナチスの強制収容に収容されたフランクルは、そこで起きる筆舌に尽くしがたい非人間的な出来事を一人の人間として耐えながら、同時に一人の心理学者として冷徹に観察していました。

 その時の体験を記した名著の『夜と霧』(みすず書房)は邦題であり、原題は、「強制収容所におけるある心理学者の体験」です。

 地獄の体験を通して、フランクルの発見したことがあります。あまりにも悲惨な状況にありながらも、それによく耐えた人とそうでない人との違いです。それは、逆境に屈しなかった人の特徴ともいえます。

「ナチスの強制収容所で証明されたことですが(さらに後に日本と朝鮮でもアメリカの精神科医たちによって確認されたことですが)、満たすべき使命が自分を待っていることを知っている人ほど、その状況に容易に耐えることができたのです」※2

 収容所という過酷な環境で自分の「使命」を意識できた人は、心を強く保つことができたのです。フランクルが自身を例にあげて「使命」について解説しているのは、失われた原稿の再現作業です。

 彼は連行される前に書いたロゴセラピーに関する原稿をコートの裏地に縫い付け隠し持っていました。しかし最初に収容されたテレージエンシュタット収容所からアウシュビッツ収容所へ移動した時に、身ぐるみ剥がされ奪いとられてしまったのです。

 フランクルはこの草稿の書き直しに挑戦します。

 彼にとって収容所を生き延び、その原稿を出版することは「使命」だったのです。収容所で秘密裏に手に入れた紙切れにびっしりと文字を書き連ねていきます。発疹チフスにかかり高熱にうなされ寝込んだ時にも思いついたことをメモし、むしろその作業をしたことで、死に至る発疹チフスにも打ち克つことができたというのです。

人は使命によって強くなれる

 発疹チフスを遠ざけた経験からフランクルは、心の健康のためには安定よりも、むしろ、ある程度の緊張状態が必要だと説きます。

 使命を意識し遂行していくことは、人生を常に緊張状態に置くことです。使命を持ったからといって幸運に恵まれるわけではありません。人生がうまくいくわけでもありません。高い志を掲げ使命にそって行動しようとすれば、不条理な現実で壁にぶつかり、むしろ悩み苦しむことの方が多いです。それが現実です。そうした現実に決して負けて欲しくないからこそ、フランクルはいいます。

「人間が本当に必要としているものは緊張のない状態ではなく、彼にふさわしい目標のために努力し苦闘することなのです。彼が必要としているのは、是が非でも緊張を解除するということではなく、彼によって充足されることを待っている可能的意味の呼びかけなのです」※3

 眠りにつこうとして、ふと虚しさがこみあげる。

「人生、このままでいいのか」と。実存的空虚にとらわれ、「もっと何かできることがあるのではないか」と考える。その未来で待っている「できること」が、その人への可能的意味の呼びかけです。

 それを使命だと認識し、行動を起こすか否かは本人の自由であり、選択の問題となります。

 ただ、これが自分の使命だと意識して生きている人は、強い心をもっています。どんな不運にも耐える可能性は、そうでない人よりも高いのです。これがフランクルの主張です。

 使命を意識することが、心を強くします

◇引用文献※1-3『意味による癒し』(ヴィクトール・フランクル[著]、山田邦男 [監訳] 春秋社)