「どんな時にも人生には意味がある。未来で待っている人や何かがあり、そのために今すべきことが必ずある」ーー。ヴィクトール・E・フランクルは、フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」と言われる偉人です。ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者であり、その時の体験を記した『夜と霧』は、世界的ベストセラーになっています。冒頭の言葉に象徴されるフランクルの教えは、辛い状況に陥り苦悩する人々を今なお救い続けています。多くの人に生きる意味や勇気を与え、「心を強くしてくれる力」がフランクルの教えにはあります。このたび、ダイヤモンド社から『君が生きる意味』を上梓した心理カウンセラーの松山 淳さんが、「逆境の心理学」とも呼ばれるフランクル心理学の真髄について、全12回にわたって解説いたします。
繰り返そう。悲劇に直面していても、幸せな人はいる。
苦しみにもかかわらず存在する意味ゆえに。
癒しの力は、意味の中にこそあるのです。
『〈生きる意味〉を求めて』(ヴィクトール・フランクル[著]、諸富祥彦[監訳]、上嶋洋一、松岡世利子[訳] 春秋社)
心理学者「第4の巨頭」フランクル
20世紀最大の悲劇といわれるナチスの強制収容所から生還した心理学者がいます。フロイト、ユング、アドラーに次ぐ「第4の巨頭」といわれるヴィクトール・E・フランクルです。
彼は収容所での克明な記録を『夜と霧』(原題:「強制収容所におけるある心理学者の体験」 みすず書房)に著し、世界に衝撃的を与えました。1946年、世に出た『夜と霧』は、世界的ベストセラーとなり、時を越えて今も読み継がれています。
想像してみてください。あなたの大切な人が、例えば、愛する子どもや親や恋人、それらの人々が何の罪もなく一瞬にして殺され、建物の陰につまれ腐乱してゆく姿を…。累々たる屍は、強制収容所の日常風景でした。虐殺された人は50万人とも100万人とも、それ以上ともいわれます。
そんな生きる望みを完全に絶たれた悲劇的状況において、「それでも生きる意味はあった」とフランクルはいいます。ですので、「悲劇に直面していても、幸せな人はいる」と、彼は主張するのです。
人は切実に「生きる意味」を求める存在であり、自分のしていることや人生そのものに「意味がある」と感じられるならば、自分の置かれた状況がどのようなものであっても「生きる力」が湧いてきます。
人間には、自分の人生をできる限り意味あるものにしたいと願う根源的な欲求があり、これをフランクルは「意味への意志」と呼びました。どんな悲劇的逆境に放り込まれても「意味への意志」が健康的に働いているならば、人は幸せを感じられるのです。
アドラーに破門される
1905年、フランクルはオーストリアの首都ウィーンに生まれます。父ガブリエルは家庭の経済的理由から医師になる夢を断念せざるをえなかった人です。性格は厳格で、国家公務員の仕事をしてフランクルら子どもたちを育てました。
フランクルは3歳の時、医師になる決心をします。そして、4歳の時すでに、「生きる意味」を問う思考を展開していました。あまりに早熟な思想家です。
事実、避暑地にいた両親と縁のある女性教師は、フランクルのことを「思想家さん」と呼んでいました。それほど深く物事を考える少年だったのでしょう。
高校生の時にはフロイトと文通をし、心理学に関する論文を読んでもらっています。やがてフロイトの理論に疑問を抱いた彼は、個人心理学の創始者アドラーに傾倒していきます。アドラーが主催する個人心理学協会の最年少メンバーになり、20歳の時には、学会誌『国際心理学年報』に論文が掲載されます。
ところが、今度はアドラーの考えにも異を唱えるようになります。フランクルは沈思黙考型の物静かな性格ではありませんでした。バイタリティと反骨精神にあふれた弁のたつ行動家だったのです。
アドラーはフランクルを煙たがり、カフェで会って挨拶されても無視します。こうして、1929年、フランクルは個人心理学協会から除名されるのです。
かつてアドラーはフロイトに異を唱え、当時、所属していた精神分析協会を追い出されています。フロイトはアドラーを追い出し、アドラーはフランクルを除名しました。歴史は繰り返されたのです。
フランクルはアドラーから離れ、それまで以上に彼オリジナルの心理学を志向していくことになります。それがフランクルの思想体系を総称する「ロゴセラピー」(Logotherapy)です。
苦悩とは人間の業績である
「ロゴ」とは「意味」のことで、「ロゴセラピー」は、「意味による治療」(therapy through meaning)であり、「意味による癒し」(healing through meaning)ともいえます。
前述した通り、人は、人生に意味を求める「意味への意志」をもつ存在です。その意味が欠落すると「生きる力」を失うのです。それは時に「心の病」を引き起こす原因にもなります。
経済的に豊かで、社会的に地位もある、いわゆる「成功者」と呼ばれる人が、生きる意味の欠落感から深く苦悩してしまう。人がうらやむような社会的成功があっても、人生が虚しく意味のないものに思え死にたくなるのです。
そんな時、対話を通して、「生きる意味」を再発見できるようにサポートしていくのが「ロゴセラピー」です。
名著『夜と霧』にこんな一文があります。
何人も彼の代わりに苦悩を苦しみ抜くことはできないのである。
まさにその運命に当たった彼自身がこの苦悩を担うということの中に
独自な業績に対するただ一度の可能性が存在するのである。
『夜と霧』(訳 霜山徳爾、みすず書房)
フランクルは悩むことを否定しません。人の悩みにも意味があり、苦悩を「人間の業績」であるととらえます。こうした苦悩に処する考え方を伝えてフランクルは人を救い続けたのです。
彼が体験した強制収容所での出来事を知り、その上で教えを聞くと、フランクルの言葉に重みが出てきて胸に響いてきます。その基本的な考え方を知るだけでも心にポジティブな作用があります。このことは、フランクルの著作群が「読書療法」に適していると言われる理由になっています。
2011年東日本大震災が発生した時、『夜と霧』が本屋に積まれ多くの人がそれを手にしました。日本という国全体が逆境に陥り、彼の言葉に救いを求めたのです。
辛い状況の時に、読めば読むほどフランクルの言葉は心に染み渡ります。ですので、フランクル心理学は「逆境の心理学」ともいわれます。
仕事で失敗したり、人間関係がうまくいかなかったりして苦しんでいる時に、「苦悩が人間の業績だ」と言われても、現実的な解決策にはなりません。ですが、「救い」にはなるのです。
この救いとなる言葉を持つことが、私たちの心を強くしてくれます。「座右の銘」とはまさにそれであり、いざという時には、心に響く自分を支える短い言葉が効果を発揮します。
心の強さを身につけるためにも、ぜひ、「座右の銘」を幾つかもっていただけたらと思います。
本連載は全12回の予定です。本稿は第1回目でフランクルの生い立ちにも文量を割きました。次回からは、さらにフランクル心理学と彼が遺した名言に焦点をあて、心を強くする考え方について、掘り下げていきます。