福岡市の場合、行政ではなく民間の会社が投資し、都市に必要な公共機能を自分たちで誘致してきたという歴史がある。市内の電力会社と鉄道会社が相互補完の仕組みをもち、都市インフラを整備。さらには地域内外の民間投資を巻きこみ、将来の九州全体を担う電力会社や北部九州を支える鉄道・バス会社など、インフラ産業の本社を福岡市へ迎えることに成功した。

◇競争と協調

 都市間競争の基本は、「都市圏」ごとに考えることである。ひとつの都市圏内に含まれる都市同士は、いたずらに反目するのではなく、「互いに協調しながら他の都市圏に埋没しない」という共通の目標を立て、それぞれの戦略を推進していくべきだ。

 福岡市の場合、工業都市化で周辺都市に遅れをとったため、そこからは素早く撤退し、サービス産業の集積へと路線を変更した。そして商業施設、公共施設、サービス施設を集中させるとともに、インフラ整備や空港・鉄道などの設置に力を入れた。活発な産業を周りの都市に譲って、そこで得たお金を福岡市で消費してもらう流れをつくったというわけだ。

 加えて天神地区をひとつのエリアとして捉え、中小企業と百貨店が協調し、エリア一体で発展できたことも大きいだろう。現在では博多と天神は互いに競争と協調をくりかえしながら、ライバルのように発展し続けている。

◇伸びしろをあえて伸ばさない

 各自治体が開発行政を強化していった1970年代に、福岡市は開発抑制の方針を打ち出した。適正な人口規模・良好な自然環境・住居環境の保全という理念をふまえて、闇雲な開発はしないという決定を下したのだ。

 この決定には、とある事情が見え隠れする。福岡市は全国の政令都市のなかで唯一、一級河川がない。そのため慢性的な水不足問題に悩まされており、水資源確保とともに消費量を抑制するべく、むやみな市街地開発を制限しなければならなかった。

 この決定は周辺都市にとって好都合だった。福岡市に人口や経済が一気に食われる事態を避けられたからだ。そしてその結果、かえって都市圏全体としての持続的な成長可能性が高まったのである。