この施設は北朝鮮の核兵器製造の中核施設であり、最も代表的な核施設である。しかし、同様の施設は北朝鮮に100ヵ所以上あると言われており、寧辺を閉じてもさらなる核開発は可能だ。さらにいえば、最大35発はあると言われる核兵器は保有したまま。これでは、非核化が実現したとはいえない。

 しかも、「米国の相応の措置」を前提として求めている。この措置が何を意味するかは述べていないが、北朝鮮が主張する「終戦宣言」「体制保証」「制裁の廃止ないし緩和」ではないか。北朝鮮は核施設、核兵器の申告、査察・検証、廃棄を回避できれば、核保有国として存続し、韓国や日本ににらみを利かせることで経済的利益も最大限に引き出せると考えているのだろう。

 平壌共同宣言で「米国の相応の措置」をうたったのは、文在寅大統領からトランプ大統領に働き掛けてもらうよう、北朝鮮が仕向けたものと見られる。だが、北朝鮮の主張をのむことは、将来的に高くつきかねない。

 こうした状況下で、北朝鮮が姿勢を転換させ真摯に妥協するよう誘導するには、忍耐強く待つほかない。そして北朝鮮に対して米国が「相応の措置」を与えるのは、北朝鮮が真摯に核の申告、検証、廃棄に応じてきた時であることを明示すべきだ。いずれにせよ、北朝鮮に対してこちらの要求が誤解のない形で伝わるようにすることが肝要だ。

経済関係への前のめり姿勢は
非核化圧力を弱めかねない

 今回の首脳会談のもう1つの注目点は、南北の関係改善、特に経済関係の進展だった。平壌共同宣言では南北の経済協力に触れており、鉄道と高速道路の連結事業に関し、年内に着工式を実施すると明記。条件が整えば、中断中の開城工業団地や金剛山の韓国事業を再開し、経済共同特区の創設を協議するとうたっている。

 文在寅大統領の訪朝時には、李在鎔(イジェヨン)サムスン電子副会長はじめとする4大財閥トップなど17人の経済人が同行、北朝鮮の李竜男(リ・リョンナム)副首相と会談した。現在の北朝鮮に対する経済制裁の中では、韓国の大手企業が北朝鮮と関係を結べば、その企業が制裁対象になりかねず、早急に経済関係が進むとも思えない。

 しかし、韓国の本音は北朝鮮との経済関係の強化だ。文在寅大統領が発表した南北経済協力の指針となる「朝鮮半島新経済構想」によれば、朝鮮半島東側の東海線沿いを「エネルギー・資源ベルト」、京義線沿いを「産業・物流・観光ベルト」と位置づけている。

 平壌共同宣言では、金正恩氏のソウル訪問にも合意した。これは文在寅大統領訪朝の答礼という意味だけでなく、今後、韓国に経済支援を求めていく上でも金正恩委員長がソウルを訪問し、北朝鮮のイメージを塗り替えることが有利だと判断したのだろう。しかし文在寅大統領が、金正恩委員長のソウル訪問の“お土産”として過大な経済的支援を与えれば、北朝鮮の非核化への圧力を弱めてしまうことになりかねないことを肝に銘じるべきだ。

(元・在韓国特命全権大使 武藤正敏)