美術史の本としては異例となる5万部を突破した『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』の著者であり、新刊『名画の読み方』や『人騒がせな名画たち』も好評を博している木村泰司氏。本連載では、新刊『名画の読み方』の中から、展覧会の見方が変わる絵画鑑賞の基礎知識を紹介してもらう。
絵画を読み解くために必須となる
「ジャンル」の知識
私は、常々「絵画は見るものではなく読むもの」だと言っています。特に19世紀以前の西洋絵画は、伝統的に感性ではなく理性に訴えかけることをよしとしてきました。宗教的な教え、神話のストーリー、政治的なメッセージ、日常生活に対する戒めなど、「絵画の読み方」を知っていれば、一枚の絵画からさまざまな意図が読み解けてくるのです。
その「読み方」を知るために大切なことのひとつが、拙著『名画の読み方』でもお伝えした、19世紀前半まで美術界を支配していた「ジャンル」なのです。絵画のジャンルは、大きく歴史画、肖像画、風俗画、風景画、静物画に分けられます。
歴史画とは、聖書などを題材にした「宗教画」や神話のストーリーを描いた「神話画」、または抽象的概念を絵で表した「寓意画」など、物語や歴史を描いたものです。肖像画は神が創り給うた人間を描いたものであり、風俗画は日常生活を描いたものです。そして、風景を描いた風景画、花や果物、動物などを描いた静物画があります。
そもそも絵画のジャンルは、絵画芸術の黎明期にはまだ確立されていませんでした。絵画芸術の発展は15世紀のイタリア・ルネサンス期から始まりましたが、当時は基本的に歴史画と肖像画が美術市場を占めており、教会や王侯貴族などの支配階級が発注主であったこともあり、その他のジャンル(風俗画、風景画など)に対する需要がなかったのです。
人物も日常の営みが描かれた風俗も、そして風景や室内に置かれた静物も、元々は歴史画の付随的なものにすぎませんでした。肖像画、風俗画、風景画、そして静物画はモチーフとしては歴史画から独立したものであり、それぞれを専門とする画家たちが生まれたのは17世紀以降のことだったのです。