いま、「美術史」に注目が集まっている――。社員や幹部候補に向けて、美術・文化に関するセミナーを開く企業が増えているという。10月5日に発売されたばかりの新刊『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』においても、グローバルに活躍する企業ユニ・チャーム株式会社の社長高原豪久氏が「美術史を知らずして、世界とは戦えない」とコメントを寄せている。なぜいま、多くの企業で「美術史」を学ぶことが求められるのか? 本書の著者・木村泰司氏にその理由を教えてもらった。

世界で求められる「美術史」の知識

 社会がグローバル化するいま、ようやく日本でも美術史の重要性が認識され始めています。ここ10年来、日本で、財界人や企業向けの美術に関するセミナーが増えているようです。私も以前に比べると、多くの企業に美術史を教える機会をいただくようになりました。

 私のセミナーにおいても、欧米に駐在や留学経験のある方たちほど、その必要性を認識されています。とくに、エグゼクティヴなポジションにいる方やその配偶者ほど、その地位に相応しい現地の方との社交からその必要性を痛感されているようです。私自身、カリフォルニア大学のバークレー校で美術史を学びましたが、在籍中に、そのことを痛感した出来事がありました。

 それは、美術史の上級レベルの「初期ネーデルラント絵画」を受講していたときの話です。上級レベルの授業ともなると、受講している学生は美術史専攻の人たちばかり。ほとんどが顔見知りです。しかし、その中で明らかに初めて見かける学生がいました。学期が進むうち、その学生と声を交わすようになった私は、彼にこう聞いてみました。

「ところで、君って美術史専攻だったっけ?」

 すると、「物理だよ」と思わぬ返事が返ってきたのです。私は、「え? どうして物理専攻なのにこのクラスを取っているの? 一般教養のスタンダードな美術史の授業じゃないのに」と聞き返しました。すると彼は、

「だって、社会人になったときに自分のルーツの国の美術の話ができないなんて恥ずかしいじゃないか」

 と答えたのです。彼は、オランダ(ネーデルラント)系アメリカ人でした。そのとき私は、欧米人の未来のエリート候補の意識の高さを痛感しました。私はいまだにその衝撃と感動を忘れることができません。

美術は、見るものではなく“読む”もの

 なぜ欧米では、ここまで教養として西洋美術史が根付いているのでしょうか。その理由として、欧米における「美術」は、政治や宗教と違い一番無難な話題であると同時に、その国、その時代の宗教・政治・思想・経済的背景が表れているからです。

 私は、いつも講演で「美術は見るものではなく読むもの」と伝えています。美術史を振り返っても、西洋美術は伝統的に知性と理性に訴えることを是としてきました。古代から信仰の対象でもあった西洋美術は、見るだけでなく「読む」という、ある一定のメッセージを伝えるための手段として発展してきたのです。つまり、それぞれの時代の政治、宗教、哲学、風習、価値観などが造形的に形になったものが美術品であり建築なのです。それらの背景を理解することは、当然、グローバル社会でのコミュニケーションに必須だと言えます。

 もちろん、「日本にいる限り、そのような知識は必要ではないだろう」という声があるのもわかります。しかし、世の中はどんどんグローバル化に向かっています。「私は日本人だから、欧米のことなど知らない、必要ない」と言っている時代ではなくなってきているのです。そして、感度の高い企業が、それをいち早く感じ、幹部候補たちにその教養を身につけさせようとしているのです。

 こうした背景から、今、日本でも美術史を学ぶ人が増えてきています。美術史という概念および知識を念頭に置くことで、美術鑑賞はもちろん、社交の場においても、より世界が大きく開かれていくことでしょう。