なんとも心地よくない寝覚めではあるが、Aさんは顔を洗い、歯を磨き、衣服を着て靴を履いた。そのとき、ドアの向こう側から単身高齢者Bさんと誰かの会話が聞こえた。

 Aさんは今日作業所に行き、昨夕、「もう少しで仕上がるのに」と心を残してきた作品の制作に取りかかれるだろうか。3つのシナリオを考えてみよう。

当事者を傷つける
生活保護への偏見「3つのシナリオ」

 1つ目のシナリオは、「サイアク」に「サイアク」を重ねるものだ。

 Bさんは、会社に勤めていた夫をパート主婦として支えてきた女性だった。夫が病に倒れたため、保有していた住まいを売却して療養資金と夫の葬儀費用に充て、夫亡き後はこのアパートで単身生活をしている。受け取っている老齢厚生年金は、生活保護基準より少し高い金額だが、医療費の自費負担などを支払うと生活保護以下の暮らししかできない。

 Bさんは、通りがかったCさんを相手に、昨晩のテレビ番組の内容を語りながら、「生活保護の人たちってズルい」と語った。Cさんは「そうだよねえ。額に汗水垂らして働いてきたのがバカらしくなるよ」と相槌を打った。Aさんは音を立てないように、靴を脱ぎ、布団をかぶり、ドアの外から聞こえる会話に耳をふさいだ。

 2つ目のシナリオは、「サイアク」を完全に打ち消す何かが現れるものだ。

 昨晩のテレビ番組の内容を語りながら「生活保護の人たちってズルい」というBさんが話しかけた相手は、子どもと保育園に向かおうとするシングルマザーのDさんだった。Dさんは、「そうなんですか? うちは今のところ生活保護は使っていませんけど、子どもに少しでも良いものを食べさせて、小学校に入るときにランドセルや学用品を買い揃えてやるためには、生活保護も考えたほうがいいだろうと思っているんです。だって、みんなの権利を守るための制度ですから。それに私が歳を取ったとき、Bさんのように年金をもらうことはできないんですよ?」とにこやかに答えた。