その主な目標は、2000年度に黒字化を達成すること、および、2002年度までに連結ベースの売上高営業利益率を4.5%に引き上げることだった。ゴーンは目標が1つでも達成できなければ役員は総退陣すると退路を断ち、組織の改革に取り組んだ。

 ゴーン容疑者は目標達成に向け、固定費の削減を進めた。村山工場をはじめとする国内5つの工場の閉鎖や、サプライヤー数を半分に削減することが進められた。“ゴーン、イコール、コストカッター”との印象を持つ人が多いのはこのためだ。

 同時に、ゴーン容疑者はルノーとの共用プラットフォームの使用などを進めて新商品開発を強化しつつ、生産拠点を集約することで生産性の向上を目指した。また、ゴーン容疑者は従来の企業間のつながりよりも、競争を重視しグローバルに競争力のあるサプライヤーとの関係強化を徹底した。

 当時の国内経済は、金融システム不安を受けて低迷していた。その後、2002年2月からは、米国経済の回復などに支えられてわが国の景気は回復局面に移行した。それに伴い、日産リバイバルプランも徐々に効果を表した。

 特に、ゴーン容疑者は中国をはじめとする新興国市場でのシェア拡大を重視した。リーマンショック後の景気低迷を挟みつつ、中国を中心にインド、ブラジル、ロシアなどに進出し、販売台数を伸ばしてきた。

 ゴーン容疑者の経営手腕は日産の経営再建とその後の成長に欠かせなかったのである。市場参加者の中には、「ゴーンなくして今日の日産なし」と評する者もいるほどだ。企業文化の異なる自動車メーカーの統合はうまくいかないと考え、ゴーン容疑者が資本関係を維持しつつ各社の自立性を重視したことも大きかった。

想定以上に強かった
ゴーン容疑者の権力欲

 今回の逮捕容疑(有価証券報告書の虚偽記載、実際の報酬額よりも少ない金額を有価証券報告書に記載していた)、および日産の投資資金の不正使用などは、ゴーン容疑者の権力欲、強欲さがすさまじく強かったことを示している。同氏は、越えてはならない一線を越えてしまったといえる。