Aさんはミュージシャンであり、全国津々浦々に「現地妻」がいた。若い頃から放蕩(ほうとう)激しく、離婚を3度経験しているが、原因はどれもAさんの不倫グセである。最初のうちは元妻たちも黙認なり我慢なりで結婚生活の継続に努めるらしいのだがやがて愛想を尽かしてしまうそうである。

 離婚した後の数年間は「やっぱり独身が気楽でいい」という心持ちで、法律的には罪にならない遊びをしばらくエンジョイするのだが、ややもすると「やっぱり家に誰かがいて待ってくれる生活はいい。温もりが恋しい」となってきて、その時点で入れ込んでいる女性と結婚に至る。結婚するとそれだけで温もりを手にしたような安心を得て、早速不倫に精を出して家に帰らない日が多くなる。その後はやがて待つ破綻である。

 Aさんは放蕩者を絵に描いたような人物であり、上記のエピソードから幾ばくか伝わっているであろう通り、非常に気分屋であった。計画性に乏しくそのため致命的なミスがよく誘発されるが、ミスが起きたらその場のノリでなんとか乗り切る胆力、というか勢いがあった。加えてなんともいえない愛嬌があり、大抵以上のことを許してしまいたくなるようなキャラクター。刃傷沙汰になったのはAさんの強みである“ノリ”も愛嬌も通用しないほど相手が思い詰めたケースであった。

 思えば兆候は十分過ぎるほどあったとAさんは語る。

「その時の不倫相手が『将来どうなるんだろう…』『結婚してみたかったな』といったことを呟くようになっていた。その場その場でなだめたら落ち着いていたので問題ないと思っていた。

 しばらく仕事や他の女性で忙しくしていて、その相手と半年ぶりぐらいに会った。彼女は珍しくドレスアップしていて、その日は終始明るかった。明るすぎるとも感じた。私は『久しぶりだし、うれしくて機嫌がいいのかな』くらいに思っていた。

 夜中に何かにのしかかられる感触がして目が覚めると、彼女が腹の上に馬乗りになっていた。ドレスを着直していて、両手で包丁の柄をしっかりと握りしめてこちらを見下ろしている。あまりのことで気が動転し、最初はこの世に恨みを残して死んだ女性の霊が出てきたのかなと思ったくらい。次第に覚醒し彼女だとわかり、死を予感した」(Aさん)

 生死をかけた局面にあって、Aさんはこう口を開いたそうである。