深田は席に戻ると、浅井が獲得した契約数とそれに応じて支払われる歩合給を照合した。すると、過去1年半にわたって、浅井の分だけがなぜか計算が違っており、総額で50万円以上も多く支払っていたことがわかった。深田はその旨を所長に報告、謝罪した後、「浅井さんの件で他にも少し気になることがあって…」と言いにくそうに話を続けた。

 深田は浅井の行動に関する不審な点について以下のように説明した。

 浅井の定期代が月に5万円以上もかかるので、前任に聞いたところ、「浅井さんは病気がちの母親がいるから、実家から2時間半かけて通っているみたいだよ」と教えてくれたのである。

 ところが深田は日曜日に、自宅近くのスーパーで浅井を何度も見かけたというのだ。また、平日の帰宅途中でも、深田の自宅最寄り駅の1つ手前の駅で、浅井が電車を降りたのを目撃していた。

「浅井さん、もしかして会社の近くに引っ越しているんじゃないですか?」

 万が一、浅井が会社の近くに引っ越していた場合、定期代の不正受給になる。深田は所長から浅井に確認するように頼んだが、所長は「疑っているみたいで言いにくいな」と気が乗らない様子だった。深田はモヤモヤしながらも、そのまま席に戻り、仕事に取り掛かった。

浅井を尾行、
深田が見た光景は…

「あれ?浅井さんだ」

 会社帰りの電車内で、深田は偶然にも浅井を見つけた。少し離れた場所にいたため、彼の様子を見ていると、会社の最寄り駅から2駅目で浅井は降りた。深田は、「なぜこの駅で?」と思いながら、電車から降りて、浅井の後を追った。

 彼女は尾行することに気が引けたが、このままモヤモヤしているのも嫌だった。浅井は駅から10分ほど離れたアパートに到着、階段で2階に上がっていくと、鍵を取り出してドアを開けた。

 すると、女性が「お帰りなさい」と出てきて、廊下に出してあった小さな鉢植えを手にした。深田は女性の顔を見たとたん、驚いた。なぜなら、入社時に引き継ぎをしてくれた前任の近藤だったからである。

「あの2人、付き合ってたんだ…」

 浅井も近藤も営業所ではあまり同僚と話さず、物静かなイメージがあり、2人が付き合っている、ましてや一緒に住んでいることは、誰も想像だにしなかったのである。