今年、「PL脳」という言葉を耳にされませんでしたか。朝倉祐介さん著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』に登場する造語で、「短期的な損益計算書上の収益ばかりを優先し、ともすると将来の成長を犠牲にしかねない姿勢」を示します。7月に本書が発売された直後から、「PL脳」は様々な組織で共感を呼び、話題になりました。著者の朝倉さんを含め、小林賢治さん、村上誠典さんという、スタートアップを支援するシニフィアンの共同代表3人が「PL脳」の弊害や、ファイナンスに対する日米の理解度の違いなどについて語り合った、出版直後の対談をあらためてご紹介します。

気づいたら「PL脳」にハマっている

朝倉祐介さん(以下、朝倉):僕の新著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』は、シニフィアンのメンバーで内容を議論しながら僕が書き上げた、いわゆるコーポレート・ファイナンスの本ですが、ファイナンス的なモノの考え方である「ファイナンス思考」の重要性について訴える内容であり、その対立概念として「PL脳」というものに触れています。

アメリカでのファイナンスの理解は日本とどう違うのか?

 PL脳とは、「目先の売上や利益といった、PL上の指標を最大化することを目的視するような短絡的な思考態度のこと」です。この本では、PL脳を脱却してファイナンス思考を身につけようと述べています。実際、こうしたPL脳は、昔ながらの大企業に多く見られますが、同時に若いスタートアップもハマりがちな思考態度だと思います。

小林賢治さん(以下、小林):普通、「ファイナンスの本」っていうとDCF法(Discounted Cash Flow法)による企業価値の算出方法など、専門的な話に内容が偏りがちですが、この本では企業やビジネスを捉える一つの「見方」としてファイナンス思考を掲げています。その対比として多くの企業やビジネスパーソンが陥りがちな“PL脳”を挙げているところが面白いですね。

村上誠典さん(以下、村上):私は、前職の外資系金融機関でコーポレート・ファイナンスをずっと扱っていて、多くの日本の大企業が完全にこのPL脳に陥っていると考えてきました。そうした中、ファイナンス思考を持たれている方々が社内のコミュニケーションに大変苦労しているというのを目の当たりにしています。

 ビジネスに関わる多くの方が、PL脳に陥っているのではないかという感覚値を持っていますが、これをどう言語化するのかを3人で時間をかけて議論して、朝倉さんに文章に落としてもらいました。ある種、当たり前のことを述べた内容ですけど、現象面から原因や背景、具体例まで含めて包括的にPL脳の問題を示していますし、切り口も斬新なものになっていると感じますね。

朝倉:最近では、「売上がすべてだ」といった目標を掲げる会社は少なくなりつつあると思うんですね。ただ、依然として「とりあえず営業利益、最終利益が伸びていればいいんだ」という考えは根深いのではないでしょうか。たしかに、損益計算書(PL)は事業でどんな成果を挙げたのか示す結果であり、経営者にとっての成績表でもあります。

 けれど、未来に向かってどのような事業を意思を持って作っていくかということは、必ずしもPLには表れません。PLばかり見ていると、こうした未来に向けた意思を見落としてしまいます。

村上:そうですね。PLというのは会計上の概念です。会計は数字を整理する上で便利なツールである一方、会計であるがゆえの制約もある。たとえば、定められた期間の中で数字を管理しなければいけないといったことです。

 もともと、会社の価値を向上していこうと思っていた方々も、日々、PLを見て経営を行い、会計数値を見て管理をしていくルーチーンにハマることで、結果的に短期的な数字をどのように上げていくのかという思考、「PL脳」に気づいたら陥っているケースが多いんじゃないかと思うんです。事業が複雑化することの弊害ですが、あえて言えば、会計のみで管理していくことの弊害とも言えますね。

アメリカでは投資銀行の付加価値が深く理解されている

小林:会計では、1年間や四半期などの期間で区切って会社の状況を把握しますけど、すべての事業が1年周期や四半期周期で回っているなんてことは普通ないわけですよね。

 成熟化して既に安定している事業であれば、昨年対比でどれくらいの増加があったかという見方も有効かもしれませんが、特に成長企業や足の長い事業の場合、「直近数年間は大きく赤字を掘るが、3年後から5年後に成果が現れる」ということもありえます。そのような事業を1年単位のPLのみで見るのは非常に相性が悪い。

 そういう意味では、この本に書いてあるように「長期目線で事業価値の最大化を考えていく」という観点を物差しにしないと、1年ごとの短期サイクルに縛られた事業しかできなくなってしまうと思います。

朝倉:今回、ファイナンス思考が一体どういうものかを、PL脳との対比によってより鮮明に表そうとしていますが、まずもってお伝えしたいのは、ファイナンス思考が目的としているのが、会社の価値を最大化すること、つまり「会社が将来稼ぐキャッシュを最大化しよう」という点であるということです。そのために、今何をすべきなのかを逆算して考えようということですね。

 今までのファイナンスの本では、さっき小林さんが言ったように、「会社の評価額はどうやって算出するのか」といった計算方法などが主に紹介されていますよね。概念としては非常に重要ですし、この本の中でも触れています。ただ、そうした知識面に内容が寄りがちだったのではないかと思うんです。

 現場で働くビジネスパーソンにとって、厳密なファイナンスの知識が実務で必要なのかといえば、そうではありません。もっと言うと、経営者だって事細かな知識って必ずしも必要ないと思うんですよ。そういう知識をCFOの人たちはちゃんと持っておかなければいけないけれども、何より重要なのは土台となる考え方。「会社ってなんのために営んでいるのか?」というところ。別に目先のPL、売上や利益を増やすためではないんですよ、ということがこの本を通じて伝わればいいと思います。

村上:そうですね。日本では、たとえば投資銀行で働いていると聞くと、ただ「DCF等でバリュエーションばかりやっている人たち」と思われるかもしれない。これは単なる資金調達屋さんやバリュエーション屋さんといった狭義の理解です。けれど、本場アメリカでは投資銀行の付加価値がより理解されており、経営の現場においても「コーポレートファイナンスのプロだ」という意味がもう少し深く理解されていると感じています。ファイナンス=「資金」という直訳を当てはめてしまうと、本来の概念から外れてしまうように感じます。

 ファイナンスとは、経営やビジネスに向き合う上での思考や考え方、アプローチだと理解することで、いかに経営に活かすかといったことがよりイメージしやすくなると思います。「ファイナンス思考」と呼ぶことで、その背景にある考え方や概念がよりスムーズに理解されるきっかけになるんじゃないでしょうか。

朝倉:知識や理論も勿論大切なんだけれど、そうではない根本の土台となる思考がこの本を通じて伝わればいいですね。

★本稿は、Voicyの放送を加筆修正し、シニフィアンのサイトに2018年7月に掲出された記事を一部改編しています(編集:箕輪編集室 笹岡里沙、河野潤、篠原舞)。