お金に関しては、ジェットコースターのような人生を送ってきました、と語るウェルスナビCEOの柴山和久氏。野菜の値段が数十円上がっただけでもビクビクしていた時期を経て、目もくらむようなVIP待遇を経験した。「お金がなくては心細いが、あればあっただけ幸せになれるわけでもない」と語る柴山氏に、「お金とは何か」、そしてフィンテックの未来について聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 麻生祐司)
財務省、INSEAD、マッキンゼー…
起業に至るまでに学んだこと
──財務省を辞めて欧州のビジネススクール「INSEAD(インシアード)」に入り、マッキンゼーを経て起業。その都度、よく決断されましたね。
柴山 起業が心に浮かんでから3週間後に、マッキンゼーの幹部候補生合宿で宣言していました。第2回(「起業の野望も持たず『フィンテック』も知らなかった私が創業した理由」参照)でもお話ししましたが、それまでは、そんなこと思ったこともなかったんです。
──数あるビジネススクールの中でも、INSEADを選んだのは何か理由が?
柴山 単なる憧れです。フランスに住みたかったんですよ。イギリスの財務省に出向した際、フランス語のトレーニングをずっと受けていたんです。ロンドンは雨続きで、海の向こうに行ったらお天気もいいだろうし、食事もおいしそうだなと。仕事で住める気はしなかったので、これはもう、学生で行くしかないと思いました。
──財務省とマッキンゼーに勤務されて学んだこと、今、生かされていることはなんですか?
柴山 チームワークを経験できたことです。財務省でもマッキンゼーでも、そこは共通していたと思いますね。どんなプロジェクトでも1人で担当するということはほぼなくて、チームで動く。
マッキンゼーにいたとき、社外のクライアントから「柴山さん」と呼ばれることはほとんどなくて、「マッキンゼーさん」なんです。マッキンゼーとして共通化されたプロフェッショナルスキルがあり、そこに個人差はあまりなくて、チームとして取り組んでいるからそうなるわけです。1人だけが目立つということは基本的にない。どちらかというと、黒子的に動くことが多かった。財務省でも同じでしたね。
ですから、起業してから違和感があるのは、どうしても私が前面に出ないといけなくなったということです。実際は私1人の取り組みは1つもなく、すべてチームで動いているわけですが、役割として前に出なくてはいけなくなった。起業家が黒子に徹するわけにはいきません。そのことを頭では理解しているのですが、今でも慣れないですね。