こういったタイプにありがちなのが、やたら感情で動くところだ。そして、自分と関係の深い取引先ばかりを優遇しようとする。そのため冷静になって他の取引先の良いところを見ようとしないため、自分と関係の浅い取引先を冷遇したり、切り捨てたりすることになる。先ほどのB部長に関して、会議でこんなことがあった。

 B部長が、自分とつながりが深い取引先を優遇しようとしているのがあからさまにわかる提案をしている時、現場をよく知っている人たちは、

「それは困る。これまで貢献してくれている取引先に釈明できない」
「そんなことをしたら、かえってコストが上がってしまう」

 などと心の中でつぶやきつつ、実際はB部長に対して何も言えない。誰か反対してくれないかと祈るような気持ちで周囲を見回すが、そんな声が上がる気配すらない。

 A課長もB部長の発言を聞き、「これはまずい」と思っても、その提案や意見に反論する勇気はないという。それは、B部長が強面で強引だからというわけではない。

 実績もなく、ただの強引な人だったら、いくらでも反対する材料を並べて発言するはずだ。だが、これまでの取引先とのやりとりの経緯や手元にある経理上の数字、B部長が優遇しようとしている相手の技術や商品に関する情報を持ち出せば、説得力を持って反論できるという自信のある時でさえも、A課長は発言をついついためらってしまうという。

 なぜならB部長には、自分にはとてもかなわない実績があるからだ。そうしたB部長の実績に関しては組織の上層部も評価している。だからおかしいと思うことがあっても、みんなは何も言えないのだそうだ。

組織の意思決定を
危うくする「同調圧力」

 企業の不祥事が明るみに出るたびに、会議が実質的に機能していなかったことが指摘される。

「風通しが悪く、意見を自由に言えない組織風土があった」
「異論を唱える雰囲気が社内になかった」

 あからさまに異論封じが行われたわけではなくても、日本的な組織の会議では異論を持ち出しにくい雰囲気があるのは確かだ。

 意見や質問が出て、すんなりと提案が通らないことを「会議が荒れた」などということ自体、意見や質問はあまり出ずに通るものだといった、暗黙の了解があることの証拠といえる。

 重要な案件は全会一致で決まることが多い。だが多様な人が集まって検討すれば、異論が出ないわけがない。なぜなら1人ひとり価値観も立場も経験も違い、物事を判断する際の視点が異なる以上、全員の見解が一致することは現実にはあり得ないからである。

 従って全会一致を理想とすること自体、異論封じの雰囲気があることを意味しているのだ。その結果、会議の参加者のうちのほとんどが疑問に思っていた提案や「これは絶対にまずい」と内心反対していた提案が、全会一致で通ってしまう。