前述したように、中医協で出された診療報酬点数は、医療制度を運営している関係者が議論を重ね、意見調整しながら導き出したものだ。合議によって決まったものを、声の大きな人の「鶴の一声」で覆すことは、民主主義の否定につながる。

 診療報酬は一度決まったあとも、実施状況や導入による効果を調査・検証し、見直しが必要な場合は次回の診療報酬改定で改めて議論される。本来なら、妊婦加算の見直しも、こうした手続きを踏んだうえで、2020年度の診療報酬改定で結論を出すのが筋であったはずだ。

 しかし、妊婦加算の凍結は、こうした手続きを無視して、政治側のゴリ押しで決まった感が否めない。だが、そうした判断は、妊婦の健康を守るという観点から、本当に正しい判断だったのだろうか。

妊婦の医療費は誰がどのように
負担するのが正解なのか?

 産科医療をめぐって、思い出さずにいられない事件がある。2004年12月に、福島県の大熊町にあった福島県立大野病院で、帝王切開の手術中に患者が死亡し、執刀した医師が業務上過失致死、医師法違反の容疑で逮捕・起訴された大野病院事件だ。

 執刀医に過失はなく、2008年8月に行われた福島地裁での一審判決で無罪は確定したが、訴訟リスクを恐れた産科医たちが次々と現場を去り、深刻な分娩施設の減少を引き起こすきっかけになった。

 その後、産科への手厚い診療報酬の配分、産科医療補償制度の創設などによって、周産期医療はギリギリのところで守られているが、妊婦への医療を後ろ向きに捉える雰囲気が完全に払拭されたとは思えない。

 妊婦加算の新設には、そうした雰囲気を払拭して、未来を託す子どもを産む女性を医療界全体で守っていこうというメッセージが込められていたように思う。制度設計の甘さはあったが、民主的な手続きを無視して、政治判断で凍結するというやり方は、少々、後味が悪い。

 妊婦加算は、今年1月1日から「大臣の定める日まで」凍結される。妊婦の自己負担は抑えられることになったが、同時に、妊婦が丁寧な医療を受ける体制の構築も遠のくことにもなった。

 安心、安全の医療を受けるためには、相応のコストがかかる。それは、誰がどのように負担するべきなのか。今一度、中医協で議論したうえで、妊婦が本当に安心して医療を受けられる体制はどのようなものかを示してほしいと思う。

(フリーライター 早川幸子)