高校卒業後、兄は上京して、私立工業大学に入った。しかし、大学から「授業に出ていない」という連絡があり、校長を務めていた父親は兄を中退させて実家に連れ戻した。

 兄は親に言われるまま、30歳近くになるまでは工場に勤めてきた。

「当時の父に、兄が会社を辞めた理由を話しても、たぶん聞き入れてくれなかっただろうと思う。僕も辞めたと聞いて、会社で何かあったのかなとは思ったんですけれど、兄の個人的な問題であって、会社に目を向けることなど考えませんでした」

 以来、兄は部屋にこもりっきりになり、家族にも一切口を閉ざした。

「弟から見て、兄は兄なりにやってきて特に落ち度はなかったと思う」

 間野さんは2000年に会社を辞め、デザイナーとして独立した。実家に意気揚々と報告に行くと、父親から「郵便局を継げ」と言われた。

 祖父は戦前近衛兵で、戦後特定郵便局長になった。長男だった父は、郵便局を継がずに教師になった。間野さんは、父と仲良くなかった祖父になつかなかった。

16年間のわだかまりをぶつける
そして父は変わってくれた

 しかし、3年前の正月、父親と大ゲンカになった。「郵便局を継げ」と言われたことを16年ぶりに蒸し返して、「なんで郵便局を継げなんて言ったんだよ」とテーブルを叩いて怒鳴った。父親からは「そんなことか……」と吐き捨てられた。

「もうこれ以上、父と母を当てにしていてもしょうがない。兄の今後は僕が考えるしかない」

 そう思った間野さんは、その年の11月、実家に帰った。すると予期せぬことに、台所でインスタントコーヒーを入れてボーッとしていたら、父親がやってきて「今まで苦労をかけてすまなかった」と謝罪してきた。こちらから要求したわけでもないのに、初めての謝罪だった。