念願のニューヨーク進出も
戦略なき拡大で経営危機に

 金沢には「金沢カレー」という独自に進化したカレーがある。ステンレスの皿に盛られた濃厚でどろっとしたルー。その上にカツが載っていてソースがかかっており、付け合わせにキャベツの千切りが盛られている。地元には金沢カレーを出す店はたくさんあったが、東京にはまだなかった。「この味を世界に広めたい」。宮森は地元のカレー屋のマスターに頼み込んで修業させてもらった。

 04年5月5日、新宿で「ゴーゴーカレー」1号店がオープンした。「ゴーゴー」は、松井の背番号55と、イケイケどんどんという意味を込めた。だから開店日も5月5日にこだわった。

 突貫工事で何とか間に合わせた開店日の朝、目覚めたのは開店の1時間前。慌てて準備を始めると、店の前に行列ができていた。黄色に塗った軽自動車に乗って街中で宣伝したのに加えて、オープン記念で1皿55円にしたこともあって客が押し掛けたのだ。

 だが熱狂は長くは続かない。6月に定価に戻すと客足がぱたっと途切れた。ここからがスタートだと思い直して、チラシのポスティングや街中での宣伝など地道な活動を続けた。そんな宮森たちの姿を見ていた周りの人たちが常連になって知り合いも連れてきてくれるようになり、半年後には月商が倍になっていた。そこから勢いに乗って国内で次々と出店を重ね、07年5月5日、宮森はとうとうニューヨークへの進出を果たした。

 しかし、急激な戦線の拡大は14年に破綻を迎える。出店ありきで拡大していった結果、人材育成が追い付かず、会社が組織の体を成していなかった。いい店と悪い店のばらつきが大きく、資金繰りに窮するようになっていった。そして14年12月、創業からちょうど10年、自分の40歳の誕生日に、宮森は金融機関を回ってリスケ(返済期日を延ばしてもらうこと)を頼み込む。「会社はこうやって死ぬんだと思った」。

 自分には「経営力」が欠けていた。死ぬような思いをしてようやくそこに思い至った宮森は、経営塾に通って一から経営を学び始める。そこで気付いたのは、ミッション経営の重要性だった。ゴーゴーカレーではそれまで「全てはお客様のために」という理念を掲げていたが、一度立ち止まって、自分たちが本当は何をしたいのかをあらためて考えた。そして新たに掲げたのが「美味しいカレーを世の中に広め世界を元気にすること」という理念だった。