2019年6月8日号の週刊ダイヤモンド第1特集は「仕事に必須の思考ツール 使える哲学」です。筆者は哲学の研究者ではなく、ゲームAI(人工知能)開発者である。ここでは、人工知能の開発者の目線で、哲学がなぜ“実用”として必要なのかを明らかにしよう。(本記事は特集からの抜粋です)

人工知能イメージ加速度的に進化を続ける人工知能に哲学の難問が立ちはだかる Photo:123RF

 AI──、人工知能とは何か? 実は現在、その明確な定義はない。なぜなら「知能とは何か?」という本質的な問いの答えを、われわれはいまだ持たないからだ。

 人工知能という学問の最大の特徴は「基礎がない」という点だ。つまり、「知能とは何か」という基礎が分かれば、数学的に理論を構築できるが、それがあいまいであるため、ど真ん中の問いを保留して、応用として周辺の知的機能や技術にばかり傾注している。

 人工知能の歴史は60年ほどしかない。その間、「外」に向かって人工知能(であろうもの)を実装しつつ、「知能とは何か」という「中心」に向かってようやく学問の基礎も掘り進め始めた、というのが人工知能研究の今の姿である。

 では、なぜ本質的な答えが必要なのか? その理由は、ほかのものづくりと比べると分かりやすい。

 例えば、電子レンジ(携帯電話でもPCでも何でもいい)を作ることと、どこがどう違うのか。電子レンジは「マイクロウエーブが出て、対象の水分子の……」という科学的根拠に基づいて設計される。つまり、機能と性能が完全に科学、工学で定義されている。では、知能を作るに当たって、われわれはその機能や性能について、十分に知っているのだろうか?

 「推論する」「思い出す」「イメージする」「絵を描く」「小説を書く」「電車に乗る」「穴を掘る」「野菜を育てる」……。電子レンジと異なり、知能の機能を列挙していけば切りがない。

 そして、何がどうなって、そのような能力が発揮できているかという原理についての知識も十分ではない。さらに「意識」や「経験」など、電子レンジでは表れなかった問題まで出てくる。