労働者のおじさんたちが
みんなの「先生」に

 釜ヶ崎芸術大学では、いま、自分たちの手で井戸を掘っている。場所は、ココルームにある庭の一角だ。

NPO法人「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」代表の上田假奈代さん

 上田さんの友人・蓮岡さんはアフガニスタンで水源確保事業に携わってきた。彼が3年前に「見栄えは悪くても、枯れたら掘って再生できる持続可能なアフガンでの井戸の掘り方を日本に伝えてない」と話した。それが心に残っていたことに端を発する。

「今は蛇口をひねれば、当たり前のように水が出る時代。もし災害が起こったとき、いろいろ困りますが、一番困るのが水です。当たり前だと思っている水について、考えてみたい。それに、生活の中で大切なのに見えなくなっていることが増えていて、専門家任せになっている自分の感覚にも疑いがありました」

「蓮岡さんの話はまさにそうでした。それに、労働者のおじさんたちは、長年、土木建設や港湾関係の仕事をしてきた人たちです。便利さを享受するだけの私たちが、彼らの経験と知見に学ぶ機会になると思ったんです。実際に掘り始めると、おじさんたちは先生です。水を得た魚のよう。高齢で弱っているにもかかわらず、毎日、掘りに来てくれた人もいました」

 井戸掘りの経験を、被災地支援や生活の知恵として、多くの人とも共有したいとの思いで、クラウドファンディング(詳細はこちら)も行っている。

「いま街は大きく変わっています。高齢化が進んで、おじさんの参加者が減りつつあります。数年後には死んでしまう人も多いでしょう。でも、彼らの存在をなかったことにはされたくない。日本の高度成長を建設現場で支えてきた人たちです。人生を記録し、記憶にとどめていきたい。表現することを通して、生きた証を次の世代に受け継ぎたいと思っています」

 この4月、釜ヶ崎にある「あいりん労働福祉センター」が閉鎖された。公共職業安定所や食堂などが入っていた労働者のよりどころが、老朽化を理由にシャッターを閉められたのだ。時代の流れの中で、つねに変化を余儀なくされている釜ヶ崎。何年か後には消滅する可能性もはらんでいる。

 しかしこの街には、不器用かもしれないが人が生きている。自分の人生を生き切るために。正直に交流できる出会いに、小さな勇気が灯る。

(吉田由紀子/5時から作家塾(R))