私がいまこうして、IOCには日頃から批判的な思いを抱いていながら、今回の決断には全面的な賛意を感じ、読者に提言しているのは、スポーツ人にありがちな思い込みを本当に捨てるべきだという危機感に目覚めたからだ。

 IOCが「選手ファースト」を選択し、選手の競技環境と健康を守るために札幌移転を決断したのか? それとも、万一、大勢の犠牲を出すような事故が起こった場合のオリンピックへのダメージを懸念して決断したのか? それはわからない。それについては、また別の機会に検証したいと思う。

 いずれにしても、スポーツを救う、スポーツを愛するすべての人に健全な未来を保証するのはIOCだけでなく、スポーツに関わるすべての人間たちの使命だ。日本スポーツ協会が、自ら薦める暑さ対策と完全に矛盾する東京でのマラソン実施を容認していた姿勢も、この機会に改善が必要だろう。

 私は昨春まで10年間、少年野球、中学野球の監督を務めた。暑さに倒れる少年が多いことに当初は驚きと落胆を感じた。「最近の子どもたちは弱すぎる、甘すぎる」と感じた。ところが、次第に自分が少年だったころとは暑さの質が違う、身体へのダメージが違うことに気がついた。そして、指導者の立場で、偉そうに上から目線で叱る自分の不見識こそ危険だと感じるようになった。

 そして、ある合宿の日。40度近い猛暑の中で3試合戦った夜、ひとりの少年が不調を訴えた。熱中症だった。すぐに救急診療を受けたあと、両親に連絡し、自宅に戻った。それで安心かと思ったが、それから一週間、「快復」の連絡がなかった。来る日も来る日も、「まだ本調子ではない」との報告を受けるたびに胸を締め付けられ、息苦しさに襲われた。猛暑を甘く見てはいけない。そして、猛暑とスポーツのために、命を落とすことがあってはならない。

 今回の札幌移転。確かに遅すぎる「直前の決定」で混乱や困難は否定できない。それでも、選手、観衆、スタッフの生命の安全のため、万全を期すのは賢明な選択だ。

(作家・スポーツライター 小林信也)