「最近、講演の依頼が多くってホント大変だよ」
ニヤけてしまいそうな表情を必死に隠しながら、ため息まじりにT副社長が言った。
「お忙しいのに大変ですね」
秘書たちのヤサシイ反応に勢いづくT副社長。
「ホントだよ! 以前に一度、ある市の経営者勉強会で講演しただろう。そのとき、そこに参加していた人たちから、うちでも講演をお願いできないかって次から次へと頼まれちゃってさ。でも頼まれたら断るのは悪いだろう? それに大勢の前で話すことなんて自分はなんともないからさあ」
「さすがですね」
ヤサシク微笑む秘書たち。そんな中にまじって、とりあえず微笑みながら私は思った。
(はて? T副社長あての講演依頼ってあまり受けたことがないけど、そんなに多かったっけ)
そう思って、実際にどれだけ講演が増えているのか調べてみたが、せいぜい年に2回程度だった。またどれだけ大勢の前で話しているのかと、これまた調べてみたところ、20名くらいの講演が1つ見つかったくらいだった。
我がボスなんて、講演は月3回までしか受けない、とでも決めておかないとどんどん予定が入ってしまうので、申し訳ないが厳選させてもらっている。それに1000人を超える聴衆に話すことだって少なくない。
だからといって、いちいち大変だとか、得意げに話したりすることなんてまったくない。
こんな1つひとつの言動の違いが、人格を上げたりも下げたりもするんだ、とつくづく思った。
「オメデタイ上司」とは
仕事がやりやすい?
そんなオメデタイT副社長。感情の起伏が激しく、目立ちたがり屋。会議の場でもいちいち我がボスを差し置いて締めの言葉を言いたがる。
しかしその内容は、ボスの発言をそのまま繰り返しているだけだったりする。皆そのことを承知していて、T副社長が話しはじめると、会場内には「また、はじまったよ」という冷ややかな空気が流れるのだ。
それでも部下たちはシャアシャアと言ってのける。
「T副社長のおっしゃるとおりだと思いますよ」
「T副社長の発言で会議の場が締まりますね」
そんなT副社長の性格を知っているM常務。組織見直しの命を受けていたこともあって、あるとき、T副社長が管掌することになっている部門のN部長に向かってたずねた。
「T副社長が上にいると、やりづらいということないか」
するとN部長は答えた。
「いや、やりやすいですよ」
そう言って、N部長は手のひらを上に向けて何かを転がすしぐさをした。