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写真はイメージです Photo:PIXTA

 厚生労働省が公表した「人生会議」のポスターが賛否両論を呼んだことは記憶に新しい。結果としてメディアの注目を集めたのはけがの功名か。

 人生会議──アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、おおむね「長患いや老化による衰えで、回復が難しくなったときに備え、今後受けるであろう医療や介護を含む療養生活について関係者と話し合う“過程=プロセス”」と定義される。

「話し合う過程」とあるように、本人を交えた家族や友人、または医療・介護関係者の「複数で意思を確認し続ける」ことがポイント。

 このあたりは本人が望む医療行為の意思表示である「事前指示書(AD)」や、終末期医療で心肺蘇生を行わないことを指示する「蘇生処置拒否指示書(DNR)」とは一線を画す。

 人間の気持ちはいくらでも変化する。元気なときに「がんと診断されたら治療はしない」「食べられなくなったら、点滴を外してくれ」と口にしていたとしても、いざ、そのときにどういう心境になるかは本人自身もわからないのだ。

 しかも、医療行為の影響は状況次第で異なる。一時期、寝たきり製造の根源のように批判された「胃ろう」だって、使い方次第で社会復帰への道にもなる。

 同じ「処置」が延命にも回復にも転じかねないのに、限定的な想定に基づく「AD」に従ってよいのだろうか。本人に代わり判断を委ねられる家族や友人の心理的負担は計り知れない。

 しかし、日々の対話=ACPを実践していれば、万が一のときが来ても、家族や親族、友人が「ああ、確かにこの人なら今、この選択をするだろう」と互いに確認し合うことができる。

 医療処置の選択以前に「東京オリンピックが見たい」「何か社会貢献がしたい」など本人の希望や大切な価値観を分かち合っておくことが、重大な選択と判断のヒントになる。

 ADが「私の意思表明」であるとしたら、ACPは「私と皆の意思表明」である。成人した家族が顔を合わせる正月は「人生会議」を開くタイミングだ。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)