経営学者のクレイトン・クリステンセンは名著『イノベーションのジレンマ』の中で、“持続的技術”の開発を得意とする巨大優良企業を窮地に追い込む技術を“破壊的技術”と名付け、その脅威と機会を正しく捉える必要性を説いた。今、IT産業に押し寄せているクラウドコンピューティングの大波は、ITの所有から利用への大転換を促す点において、まさしくこの破壊的技術に該当するだろう。では、“所有”時代の王者、マイクロソフトはいかにしてイノベーションのジレンマを乗り越え、自らが破壊的技術の提供者になろうとしているのか。短期集中連載の第二回は、その戦いを“知”の面から支えるマイクロソフトリサーチのクラウド研究部隊を率いる司令塔、ダニエル・リード副社長へのインタビューをお届けする。
(聞き手/ダイヤモンド・オンライン副編集長 麻生祐司)
ダニエル A. リード(Daniel A. Reed) Extreme Computing Group担当のコーポレート バイスプレジデントとして、パラレルコンピューティングやクラウドインフラストラクチャなどの研究開発を主導。ノースカロライナ大学チャペルヒル校の名誉校長、Renaissance Computing Institute所長などを経て、マイクロソフトに入社。米国大統領科学技術諮問会議、大統領情報技術諮問会議の委員を務めた経験もあるコンピュータ科学の泰斗。 |
―クラウド時代に向けたマイクロソフトリサーチ(MSR)のミッションは何か。
明快だが、非常に遠大だ。言うなれば、白紙のペーパーを突きつけられて、今、コンピューティングを最良のかたちに“リデザイン(再設計)”するとすれば、どうするかと問われている。ソフトウェアだけの話ではない。ハードウェア、さらにはデータセンターまで広げて、それらが持つすべての能力をより効率的に且つ環境に優しいかたちに最適化することを求められている。
組織的には、昨年発表したクラウドコンピューティングの基盤技術「ウィンドウズ・アジュール(Azure)」の開発チームはもちろんのこと、データセンターの構築チームとも深い連携を取っている。彼らが直面する課題に耳を傾け、潜在的なソリューションは何かを考え、フィードバックすることも、われわれの大きなミッションだ。
―ネットワーク経由でソフトウェアやサービスを提供するというクラウドコンピューティングの発想は、その言葉が語られる以前からあった。基礎研究の現場から見て、クラウドで何がどう変わったというのか。
変化を理解してもらうには、かつて脚光を浴びたグリッドコンピューティングとの比較で説明すると、分かりやすいかもしれない。
グリッドの肝は、組織の枠を超えて、各所に分散しているインフラを(仮想的に)束ねて、リソースを共有するコンピュータネットワークを作ることだった。一方、クラウドは、たとえれば、インフラを一つの場所に集めてきて、もっと大きなスケールでリソースの共有を可能にする発想だ。
グリッドの実現が難しいのは、組織の壁を越えたインタラクション(相互作用)が実際には容易ではないためだ。企業にせよ、政府にせよ、他者とリソースを共有するとなると、各々のセキュリティプロトコルや様々なヒューマンファクター(人的要因)が邪魔をし、なかなか前に進まない。一方、クラウドは、使う側からすれば、インフラのアウトソーシングの概念に近く、導入のハードルは低い。
そもそも、アウトソーシングはすでに企業社会に深く浸透している。この20年あまりで、さまざまな産業において、多くの企業が得意分野を絞り込み、そこに特化し、それ以外のところは他社に任せるようになった。クラウドの離陸にうってつけの土壌が、整ったのである。