不況で身をすくめる日本企業とは対照的に、年間1兆円もの巨費をR&D(研究開発)に注ぐマイクロソフト。その英知の根幹を占めるのが、基礎研究部隊のマイクロソフトリサーチ(MSR)だ。クラウド・コンピューティング時代の到来というITの大激変期に、世界有数の研究者集団はいかなる未来図を描いているのか。マイクロソフトの命運のみならず、ビジネス、社会の行方をも左右するその研究活動の内実を、複数のキーパーソンへのインタビューで探る。初回は、MSRの統括責任者であるリック・ラシッド上級副社長に、基礎研究の全体戦略を聞いた。(聞き手・文/ダイヤモンドオンライン副編集長、麻生祐司)
リック・ラシッド(Rick Rashid) シニアバイスプレジデントとして、マイクロソフトの基礎研究所に当たるマイクロソフトリサーチを統括。1991年にマイクロソフト入社。2000年より現職。入社以前は、カーネギーメロン大学コンピュータサイエンス教授。現在、全米科学財団のコンピュータ関連上級諮問委員会の委員でもある。ロチェスター大学で1977年に理学修士、1980年にコンピュータサイエンスの博士号を取得。 |
―世界的な不況を受けて、業績が悪化した多くの企業が、R&D投資を削減している。マイクロソフトも2009年7月―9月期(2010年度第1四半期)はアナリストの予想こそ上回ったものの、3四半期連続の減収減益となった。マイクロソフトリサーチの活動に負の影響は出ていないのか。
その問いには、間接的、直接的な影響の二つに分けて答える必要がある。
まず前者で言えば、会社はそもそも昨年度(2008年7月―2009年6月)に成長を見込んでいたわけだが、実際にはそうならなかった(売上高は前年比3%減で、純利益は同18%減)。基礎研究に限らず、成長のペースが変わったことに伴う間接的な影響は免れない。
ただ、基礎研究への投資が削減されるといった直接的な影響があったかと言えば、他のR&Dを含めて、答えはノ―だ。マイクロソフトは、この厳しい経済情勢にも関わらず、これまでと同水準のR&D投資を維持している。
背景にあるロジックは、至って明快だ。不況下でもR&Dに投資した企業のほうが、状況が悪い時に勝てるだけでなく、経済情勢が好転したときに、より良いポジションで競争に臨むことができる。技術やインフラをライバルに先んじて確保し、優れた商品を(回復した)市場にいち早く投入できる。スティーブ(バルマーCEO)も、機会あるごとに、そのことを強調している。
むろん、だからといって、(研究部隊は)無分別になって良いと言っているわけではない。研究のコスト構造やお金の使い先については、よりいっそう注意深くなる必要がある。ただ、基礎研究は会社の未来にとって非常にクリティカルなものであり、削減ありきの姿勢で臨まないというのが、われわれの哲学だ。
―しかし、長期に渡る基礎研究は、成果がすぐには見え難い。応用研究に比べて、投資の妥当性を証明することは難しく、それ故に取捨選択も困難だ。だからこそ、多くの企業は、業績が悪化すると、基礎研究投資を一様に減らす傾向がある。マイクロソフトリサーチは投資の総額を維持しながら、資金の投じ方にはより注意深くなると言うが、具体的にはどのように研究テーマを選別しているのか。
その質問には、いくつかの誤解がある。