集団にフィットするために
「自分を殺す」ことを教育する

 つまり、近年問題になっているベビーカーを押す母親や、車内で赤ちゃんを泣かせたままにしている母親への心ないバッシングというのは、日本人が幼い頃から叩き込まれている「自分勝手なことはしてはいけない」という「呪い」のような思想がベースにあるのだ。

 そんな話はまったく納得できないという人も多いかもしれないが、ならば自分がこれまで生きてきた道のりを思い返してほしい。

 我々は幼い頃からことあるごとに「人に迷惑をかけるな」「みんなに迷惑をかけるような勝手なことをするな」と親や教師からことあるごとに、集団へフィットするために自分を殺すということを叩き込まれてきた。

 その全体主義的教育の賜物が、外国人が絶賛する、日本の小学生の「前へならえ」に代表されるような、軍隊のように規律正しい整列や、テレビなんかで美談にされる、「30人31脚」や、長縄とびなどの「集団行動」である。

 このように「みんな」のために、「自分勝手な行動を控える」ということこそが人の生きる道だと教え込まれた人たちが、大人になるとどうなるか。

 自分勝手な行動をする人間が憎くて憎くてたまらなくなる、のではないのか。自分勝手な煽り運転や、自分勝手な不倫、自分勝手に満員電車でベビーカーを押すなんてことに「殺意」を抱くのではないか。

 このような「個人の自分勝手な行動」への強烈な憎悪が、日本で最近話題になる「不寛容社会」の根っこにある、と筆者は考えている。

 いずれにせよ、東出不倫騒動への、無関係な人たちからのバッシングは常軌を逸している。「これまで芸能人としてチヤホヤされていたのだから、叩かれるのは当然だ」という人たちの「有名人税」的な理論もわかるが、やはり限度はある。当人たちのためではなく、本当に心を痛めている杏さんや子どもたちのためにも、無理に大義があるように叩くのはやめるべきではないか。