『HOW FINANCE WORKS ハーバード・ビジネス・スクール ファイナンス講座』は、ハーバード大学のオンラインのファイナンス講座(Leading with Finance)をベースにテキスト化された教科書です。ファイナンスの教科書といえば、堅苦しいイメージですが、本書は少しイメージが違います。アマゾン、ネットフリックス、スターバックス、アップル、ナイキ…誰でも知っている企業の最新の財務データを使って、経済ニュース、金融ニュースなどをからめながら基礎的なファイナンスの知識を身に着けていきます。そのエッセンスをコンパクトに紹介します。

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シャープは堺工場を建設すべきだったか?

日本のシャープを見てみよう。同社はテレビなどの電子製品を企画製造する。鴻海精密工業(フォックスコン・テクノロジー・グループとしても知られる)は、世界最大の電子機器受託製造会社だ。

ここでのケースの土台となるのは、シャープの堺液晶ディスプレイ工場だ。シャープは平面パネル・ディスプレイを最初に商用生産した会社で、さらに大型のディスプレイ(65インチテレビを考えていた)を今後製造するかどうかの決定を迫られていた。液晶ディスプレイは、かつてはごく小さく、大画面ディスプレイを作れば規模の経済によって競争力を得られるのではないかとシャープは考えた。だが、これは製造プロセスに大きな課題を抱えることになる。大画面ディスプレイは膨大なガラス薄板を必要とするため、大型の工場が必要となるからだ。

2011年にシャープは、日本の大阪市に近い堺に世界最大のガラス・ディスプレイ工場を建設するには、3年間で48億ドルの投資が必要になると推計した。14年に工場が稼働を始めれば、キャッシュが生み出される。割引率を8% と想定して、シャープが工場を建設すべきかどうかを見るために、正味現在価値(NPV)を計算してみよう。表2-4にキャッシュフローの集計表がある。割り引いたフリーキャッシュフロー全部を足し合わせれば、このプロジェクトのNPVが計算できる。

堺工場のNPVは、マイナス29億8811万ドルになる。シャープは工場を建設すべきだったか? 今までに見てきた情報すべてから、そうすべきではなかったと言える。

マイナスのNPVにもかかわらず、シャープは工場建設を決定した。技術的なチャレンジに夢中になり、競争上の優位性を保ちたいという願望のとりこになってしまったのだ。どこの経営陣もそうだろうが、シャープの経営陣は望みどおりの答えが得られず、NPV分析に不信感を抱いた。それが大きな問題となってしまった。シャープが時をおかずして問題にぶち当たったのは、意外なことではなかった。予測にもかかわらず、同社は消費者の超大画面テレビへの需要は強い伸びを示すだろうと願っていた。テレビが1台数千ドルで売れるだろうと期待していた。そうであれば十分な利益率、EBITDA、キャッシュフローが取れ、投資価値があると言えただろう。だが、消費者は価格が高すぎると受け止めた。

シャープには値下げ以外の選択肢がなかった。それにより利益の流れは減少した。唯一の希望は、その差を取り戻すほど大量のテレビを売ることだった。だが、より多くの消費者を引き付けるためには、さらに価格を下げざるを得なかった。それは経済的に不可能だった。不幸なことに、市場のダイナミクスに翻弄され、工場は身動きできない状態となっていた。

会社は投資に対するリターンを受けられず、利益率は低下し、損失を出していた。株主は株価が下落するのを見て、気が気でなくなった。会社は会計上の問題から、資産を処分しようと躍起になった。

ここで質問だ!

2011年にシャープが工場を売却するとしたら、最低価格はいくらだっただろう? 答えのヒントとして、下記を考慮するように。

○シャープは工場建設に48億ドル使った。
○プロジェクトの当初のNPVはマイナス29億ドルだった。
○シャープは2011年に、この工場から生じるキャッシュフローの現在価値は32億ドルと計算していた。

結局、シャープは絶望的となり、堺工場の46%を鴻海精密工業の会長、テリー・ゴウに7億8000万ドルで売却することを決めた。この取引から計算すると、工場はわずか17億ドルの価値だったことになる。

シャープは工場の処分ができて喜んだが、当時の真の価値32億ドルよりはるかに低い価格で売却したことになる。実際のところ、シャープは2つのまずい決断をしている。NPV がマイナスだったからには、工場を建設すべきではなかった。また、シャープは大きな価値をテリー・ゴウに移転させてしまった。もっと高い値段で売却するために精一杯の努力をすべきだった。