そこで野村選手は、相手のピッチャーがカーブを投げる「くせ」を徹底的に調べることを思いつくわけです。これが当時としてはイノベーションでした。くせがわかりにくい実力派投手に対しては、スタッフに当時としては貴重だった16ミリフィルムで撮影させ、映像を繰り返し分析してくせを探す。そこまでの投資も行いました。

 くせがわかると、カーブが来るタイミングがわかって、予測して打つことができるようになります。だから、打率が上がる。情報収集に対する努力で野村選手は一軍に定着し、そこから大活躍が始まるのです。

 この時代、王選手も長嶋選手も天才でありながら、「努力の人」として知られていました。野村選手も、当時のプロ野球選手の中では圧倒的に努力の人だったのですが、その努力の「使いどころ」が1人だけ違っていたわけです。

ヒットエンドラン1つにも革命
情報分析に留まらない「野村流」

「情報に対する努力」と言いましたが、ID野球の功績という観点でいえば、野村選手は情報の分析だけに留まらず、分析したうえでそこから一歩引き、冷静に考えるところまでを1つの作業として完結させていきました。そこがすごいところだと思います。

 野球に詳しくない方にはちょっと難しい話かもしれませんが、たとえば打席に立っているときにヒットエンドランのサインが出た場合、それまでのプロ野球選手はゴロを打つことまでが定石でした。フライやライナーを打つと、ダブルプレーになるからです。

 しかし、ヒットエンドランが成功するためには、ただのゴロではなくヒットになったほうがいい。では、どうするのかという話です。ここで「ID野球」では、情報を基に考えるのです。

 野球に詳しくない方のために説明すると、ヒットエンドランというのは一塁ランナーがいる場面でランナーを走らせ、同時にバッターがボールを打って、あわよくばヒットで通常より早く進塁を狙う作戦のことです。このとき、ランナーが走った時点では盗塁と同じなので、二塁手か遊撃手のどちらかがランナーを刺そうとセカンドベースに走ります。