成城石井の原昭彦社長Photo by Kazutoshi Sumitomo

苦戦が続くスーパー業界にあって、12年連続増収増益の快進撃を続けているのが成城石井。営業利益率も9%台と、驚くべき高収益体質である。安売り合戦に身を投じるスーパーが多い中で、決して価格は安くない同社が、なぜお客の支持を集めているのだろうか。成城石井社長、原昭彦氏がその秘訣を語る。(構成/ダイヤモンド編集部 津本朋子)

たった2店のスーパーだった
転機は97年の駅ナカ出店

 私が成城石井に入社したのは1990年。世の中がバブルを謳歌していた時代でした。当時の成城石井はわずか2店舗の小さな会社。それが今では175店舗に成長したのだから隔世の感があります。

 入社後5~6年ほどは店舗配属でした。最初は青葉台店、次に成城店を経験し、成城石井4店舗目となる市が尾店のオープニングメンバーになったのちに、本部へ異動しました。本部ではバイヤーになりましたが、当時のバイヤーはたった2人。年に1店舗出店するかどうかという、小さなスーパーでした。

 転機は1997年に訪れました。恵比寿のアトレに、今でも成長のドライブになっている「駅ナカスーパー」を初めて出店したのです。創業2代目の石井良明社長が「これからは働く女性の時代。駅ナカスーパーではお総菜が売れるはずだ」と考え、総菜工場も立ち上げました。

 しかし、駅ナカスーパーはいきなり「当たった」わけではありませんでした。当社は普通のスーパーでしたから、「1リットルの牛乳や10個入りの卵は売れるだろうし、チラシの特売でお客様が集まるはず」などと思い込んでいましたが、いずれも空振り。代わりに売れたのは、コーヒーや紅茶、ワインやチーズといった嗜好品でした。また、総菜は思った以上に売れましたね。慌てて毎日のように商品構成を変えて、売れ筋のものをどんどん伸ばすという作戦をとったところ、開店してたった数カ月でレジを増やすほどの売り上げが上がるようになったのです。

 時代の変化も当社にとっては追い風でした。創業当時はワインやウイスキーといった輸入酒中心に扱っていて、1989年には現在の東京ヨーロッパ貿易の前身となる輸入会社を立ち上げました。以後、ワインやチーズ、オリーブオイルの輸入を増やしていきましたが、これが当時の「イタ飯(イタリア料理)ブーム」にうまくマッチしたのです。

 まだ、どの家庭にもオリーブオイルがあるという時代ではなかったですが、すでに当社ではエクストラバージンオイル、ピュアオイル共に店頭に並べていました。テレビなどでオリーブオイルが健康にいいと紹介され、この「舶来品の、当時としては珍しいオイル」がどんどん売れていきました。

※決算期を変更しているため、年間での数値を算出しています。