*中編はこちら
編集部(以下青文字):日本では、バブルが崩壊した直後、『セムラーイズム』(新潮社)という本が出版され、「異端の経営(マーベリックマネジメント)」を実践するブラジルのセムコという会社と、その経営者であるリカルド・セムラーが驚きをもって――その一方、疑いと批判をもって――紹介されました。
ハメル(以下略):セムラーは私の親しい友人の一人です。あいにく近況については明るくないのですが、彼は正真正銘の先覚者です。組織から官僚制を完全に排除したのですから(図表3「セムコ:ないないづくしの経営」を参照)。
彼の経営哲学はいたってシンプルです。「大人を大人として扱う」ことです。従業員への権限委譲(エンパワーメント)は、本来そういう前提の上に成り立つものでしょう。
セムコのほかにも、マネジメント2.0の具現者として、インドのITベンダー、HCLテクノロジーズは注目すべき存在です。社長兼CEOのビニート・ナイアは2005年、「従業員第一、顧客第二(エンプロイーズ・ファースト、カスタマーズ・セカンド)」(EFCS)を掲げ、みごとV字回復を果たしました。
彼は、顧客企業のCIO(最高IT責任者)とそのスタッフたちを前にして、こう宣言しています。「申し訳ありません。私にとって、皆さんは第一の存在ではありません。なぜなら、私は従業員を最優先しなければならないからです」。さらに、従業員たちには、「会社にとってあなたがたは管理職よりも重要な存在なのです」と話しています。
従業員を最優先に考えることで、顧客をはじめ、株主やサプライヤーなどのステークホルダーにさらなる利益がもたらされるという考え方ですね。サウスウエスト航空のハーブ・ケレハーも同じことを言っていました。
HCLは、いまや売上高60億ドル、従業員数10万人超、世界31カ国で事業展開するグローバルプレーヤーに生まれ変わりました。EFCSを導入してから(2013年まで)売上高成長率は平均25%、また直近5年の利益成長率は45%に達しています。
EFCSはけっしてお題目ではありません。この会社では、非常識といわれるようなことがいくつも実践されています。
たとえば、経営陣以下、管理職の360度評価がイントラネット上で公開されています。また、従業員は、同社のありとあらゆる数字について閲覧することができます。そして、全社の戦略や経営計画について、従業員が意見やその策定や変更に関与しています。いずれも、「リバースアカウンタビリティ」(従業員への説明責任)の原理に基づく施策です。
また、「上司の決定に納得できない」「人事部の扱いが不公平である」「他部門の対応が不適当である」と思えば、誰でも苦情を申し立てることができます。その際、与えられたチケットを使うのですが、完璧な透明性が担保されており、チケットが行使されたことは社内全員に公開されます。
まず直属の上司が、その問題解決に取り組み、今後の対応について説明します。これに納得すれば、チケットが取り消されます。しかし、24時間以内に取り消されなければ、問題の処理はさらに上位の管理職の手に委ねられます。