加速する生成AIへの投資。専任組織を立ち上げ、予算を確保し、経営層からの号令も出た……。しかし、成果が伴わない。経営者からは、「なんで思うように進んでいないんだ」という怨嗟の声も聞こえてくる。

こうした悩みは業種や規模を問わず後を絶たない。何が推進を阻んでいるのか。今年1月、フォーティエンスコンサルティングは書籍『エージェント型AI─ビジネス、働き方を一変させる協働知革命』の出版を記念し、大手企業の経営層を対象としたセミナーを開催した。セミナー参加者に、AI推進に取り組む際の課題をアンケートで収集したが、その結果は極めて興味深いものとなった。そこで浮かび上がったのは、多くの企業が見落としているAI推進の構造的な盲点だった──。

企業の多くが気づかない「AIの落とし穴」とは何か。データから見えてくる課題の実態と、経営層に求められる「覚悟」を紐解く。(里 泰志、中川 雄介  フォーティエンスコンサルティング株式会社)

なぜ今、エージェント型AIが経営課題なのか


生成AIの波が企業に押し寄せて数年が経つ。技術の進化は目覚ましく、モデルの性能は加速度的に向上し続けている。

しかし、企業はその革新に追いつけていない。AIによる価値創出どころではないのが現状だ。

その理由は明快だ。議事録作成や翻訳といったオフィス業務の一部で広く活用が進んだとしても、結局は部分最適にすぎない。業務全体の抜本的な改善やビジネスモデルの変革につながらないのなら、真の成果と呼べない。

結果、何が起きているか。特定業務の効率化を推し進めた結果、人間が担う周辺作業が逆に複雑化してしまう「逆効果」が生じるケースも散見される。つまり、人間がAIに奉仕する本末転倒の世界が広がっているのだ。

こうした現象が起きる理由として、生成AIが持つ「限界」がある。生成AIは提案できても、実行できないのだ。

この限界を突破する存在として注目されているのが「エージェント型AI」だ。ユーザーの問いかけに応答するだけの生成AIから進化し、状況を理解したうえで自律的に判断・実行できる。

エージェント型AIには、人間と協働しながら新たなビジネス価値を生み出す可能性を秘めている。業務効率化にとどまらず、コスト削減・人材の再配置・新領域への投資といった経営レベルの成果につながる技術である。

いまこそエージェント型AIにベットしなければならない──。これが、経営層が直接向き合うべき最重要課題の一つなのだ。


見えている課題は、氷山の一角に過ぎない


2026年1月、フォーティエンスコンサルティングが書籍『エージェント型AI─ビジネス、働き方を一変させる協働知革命』の出版を記念して開催したセミナーには、約100社の経営層が参加し、その関心の高さが窺えた。
参加者を対象に、エージェント型AI導入を推進するうえでの課題・悩みをアンケートで収集したところ、以下のような結果を得られた。

最も多く挙げられたのは「業務設計」と「人材育成」に関する課題だった。「どのような使い方をすれば大きな効果を享受できるか分からない」「全社的にAIを展開したが、活用できている人とそうでない人の二極化が進んでいる」——こうした声が多数寄せられた。

しかし、これらの課題は企業が本当に直面している問題の全貌を映しているのだろうか。

業務設計と人材育成は、現場が自ら着手しやすく、課題として認識されやすい領域だ。一方、これらの課題解決に、エージェント型AIを活用すべきかどうかと問われると、疑問符を打たざるを得ない。これらの課題は、エージェント型AIが持つ能力の一部にしか過ぎないと我々は考えるからだ。

フォーティエンスコンサルティングでは、さまざまな企業の生成AI活用を支援してきた経験から、エージェント型AIを活用してビジネス価値を創出するために必要な取り組みを5つの領域に整理している(図参照)。
 

AIで変革したければ、経営者は強い「覚悟」を持つべきだ

図:取組に必要な5つの領域

アンケートで上位に挙がった業務設計と人材育成は、この5領域のうちの2つに過ぎない。残りの活用方針・ガバナンス構築・ITアーキテクチャといった領域にも、表面化していないだけで課題は潜在している。例えば、現場が「業務設計で詰まっている」と感じている間にも、ガバナンスの未整備やアーキテクチャの選定遅れが推進の足を引っ張っているといったケースは少なくない。

そして、これら5領域は相互に依存しており、いずれかだけに注力しても推進は実現しない。業務設計を進めようとしても人材が足りず、人材育成を進めたくとも何を学ぶべきかの基準がなく、ガバナンスを整備しようとしても何をどう使うかが決まっていないと適切なルール・安全策を講じられない。実際に、アンケートに寄せられた参加者の声では「どこまでの業務をエージェント型AIに任せてよいか、責任分界点がわからない」など、複数領域に跨る課題が多く寄せられた。

ここから導かれる結論がある。エージェント型AIは、全社変革に用いなければ意味がない。

5つの領域は互いに関連・依存している以上、全社横断で同時に取り組む構造が不可欠だ。そしてそれはもはや現場の権限範囲を超えたマターであり、経営層が全体を俯瞰して意思決定を下さなければならない理由がここにある。


求められる経営層の「覚悟」


エージェント型AIの推進を本物にするには、5領域全体を俯瞰し、全社横断で動かせる経営層のコミットメントが不可欠だ。現場がどれだけ優秀であっても、個別領域の範囲でしか動けない。投資判断・組織設計・ガバナンスの方針決定は、経営層にしかできない意思決定だ。

では、あなたの会社の経営層はいまどのレベルにいるか。フォーティエンスコンサルティングでは、AI推進における経営層のコミットメントを以下の3段階で定義している。

レベル1:把握
AI推進の専任チームを設置し、KPIと予算を付与した上で定期報告を受けている。ただし施策の立案・実行は現場主導であり、経営戦略との紐付けは曖昧な状態。
経営層の行動例:
⁃    AI推進担当チームにKPIを設定している
⁃    AI推進のための予算を確保している


レベル2:関与
全AIプロジェクトを定例でモニタリングし、優先順位の決定や他部門への協力要請など重要な局面で経営判断を下している。ただしAI推進が経営の最重要テーマとしては位置づけられておらず、推進の主体は専任チームにとどまっている状態。
経営層の行動例:
⁃    全AIプロジェクトを経営層が定例でモニタリングしている
⁃    AIエージェントを導入するユースケースの優先順位を経営判断で決定している


レベル3:牽引
AI推進を経営アジェンダとして明確に位置づけ、全社戦略と紐付けた推進方針をトップダウンで示している。推進体制を自ら組閣し、全社へのメッセージングを継続的に行っている状態。
経営層の行動例:
⁃    推進に必要な体制を経営層が自ら組閣している
⁃    社内で対立し得る組織に対し、理解を促すメッセージングを継続的に行っている

多くの企業で、経営層のコミットメントレベルはレベル1から2の間にとどまっていると考えている。AI推進が思うように進まない企業に共通するのは、経営層がさまざまなステークホルダーを巻き込んで5領域全体を動かす推進力になっていない点だ。エージェント型AIで本質的なビジネス価値を創出するには、経営層がレベル3のコミットメントによって全領域を牽引する「覚悟」が求められる。

あなたの企業はエージェント型AI推進を、経営層自らが5つの領域すべてを見渡しながら牽引できているだろうか。この記事が、改めてみずからに問い直すきっかけとなれば幸いである。