「死ななくては」という思いは、発病したころから概ね一貫していたようだ。「(筆者注:闘病の)初期の頃 『自分はもはやなんの生産性も無く、税金を食い潰しているだけの人間だから死にたい』と主治医に詰め寄ったことがある」(2018年6月30日)というツイートもある。「生産性」「社会」「コスト」といった用語の意味や範囲によっては、「死んで自分の生存に関わるコストを最低限にするという社会貢献」は、正解となりうる。

 ついで林さんは、自らを安楽死させるための具体的な行動に移る。栄養摂取の制限、呼吸能力を維持するための訓練の停止などよって、栄養失調や呼吸不全で死のうと試みている(2019年9月18日のツイート)。しかし「効果」は全く不十分で、林さんを落胆させた。この間、広く報道されている通り、林さんは主治医らに安楽死への協力を依頼したものの、応じられなかった。そして2019年11月、2人の医師による嘱託殺人により、ついに希望を遂げた。

猫との暮らしも奪われる
力関係の最下層

 なぜ、林さんは生きることによって社会貢献する選択をしなかったのだろうか。林さんのブログに、推測の手がかりがあった。2019年9月18日付のブログ記事には、「猫と暮らしたい」という希望を断念させられたエピソードがある。

 林さんの治療に通っていた訪問看護師が、林さんのために温和な保護猫の子猫を引き取った。おそらく、トイレなど最低限のしつけをした後、林さんと同居開始する段取りだったと推察される。ところがこの計画に、猫アレルギーのケアマネジャーが「ヘルパーの中にもネコアレルギーがいたらどうする、とか毛が残るとか」といういう理由で「ケチをつけ」たため、実現しなかった。林さんは「なんでこんなことまで指図されなきゃいけないんだ!とみじめになり無性に腹が立って気付くと号泣してた」と記している。